混沌の使い魔 第5話 Take the Lead

「外で食べているんですか?」
 
 親しげに、そうロングビルが声をかけてきた。彼女がかすかに顔を傾けた拍子に、胸元に下げられたエメラルドが陽光を淡く反射する。その石に負けないほどに艶やかな髪によく映えている。ふと目が合うと、にこやかに顔を綻ばせた。気に入ってくれたのなら、贈った甲斐もある。


「食堂の方は堅苦しくて性に合わないからな」

 全てが品格というものを重視した食堂とは幾分趣の異なる、外のカフェ席。こちらはティーブレイクといったことには使われるが、純粋な昼時であれば席にも余裕がある。

 ルイズは一緒に食事を摂るようにと言っていたが、堅苦しいので辞退させてもらった。代わりに食卓に有った物を少々拝借して席に運んで来ているが、もとが特権階級に対して出されているだけあって美味しい。純粋に人で会った時にもこんな手の込んだものは食べられなかったので尚更だ。それに、周りの様子の変化もその理由かもしれない。

 他の席にもちらほら埋まっているが、こちらに向けられる視線というものを感じない。

 服を着た、ただそれだけだが、広場での当事者とは気付けなくなったんだろう。人は目立った特徴の方を良く覚えているもので、その他の特徴は逆に目に入らなくなる。自分の場合は、上半身裸で刺青があるといった所。目立ちすぎるその特徴が服を着て隠れてしまったから気付かないらしい。服自体も一般的で、ほとんど目立っていない。おかげでゆっくりと食事ができる。

「そうですね。ああいった雰囲気だと食べていても美味しくないですよね」
 
 そう微笑みながら、丸テーブルの真向かいに座る。

「それで何のようだ?」
 
 昨日はなし崩しに一緒に行動したが、話しかけてくるからには何か理由があるんだろう。

「冷たいですね。用がないと話しかけちゃいけませんか?」
 
 そう拗ねたように言うが、実際、何かあるはずだ。

「本当の所はどうなんだ?」

「……はぁ。話が早いと言えば早いんですけれど、もう少し愛想があっても良いと思いますよ?」
 
 呆れたように眉根を寄せる。

「自覚はしている。ただ、性分だからな」
 
 昔はともかく、今は変わってしまった。

「まあ、実際の所を言うとですね、学院の人間が貴方のことを監視していたりするのは知っていますよね?」
 
 顔を上げ、そう確かめてくる。

「……ああ」
 
 教師以外にもいたが、素人だけあって勘のいい人間ならすぐに気付くようなものだった。

「気を悪くしないで下さいね。貴方のような相手が召喚されるというのは初めてだったんで、学院側としては仕方なかったんです」

 自分もそうだったからか、苦笑している。

「……分かっている」

 納得しているからこそ昨日までは黙っていたのだから。正体の分からない相手を警戒するというのは、むしろ自然なことだ。

「それで、ですね、監視というのはやっぱりしばらくは必要なんで、昨日のことを報告した時に、その役目を私が引き受けたんです」

「そのことを本人に言ってもいいのか?」

「まあ、本当は良くないんでしょうが、昨日のこともありますしね。今更です」

 自分でもおかしいと思っているのか、苦笑する。

「そうか」

 まあ、裏でこそこそと探られるよりはその方が良い。

「それにですね……」

「何だ?」

「貴方に、個人的に興味があるんです」

 そう言いながら、上目遣いに見つめてくる。普段のクールな雰囲気とは違い、熱っぽい眼差し。男であれば、誰だって魅力的に感じるだろう。俺も、見つめ返す。

「そんなに魔具が欲しいのか?」

「はい。それはもちろ……」

 言いながら気付いたのか、動きを止める。

 まあ、そういうことだろう。昨日は随分と興味を持っていたようだった。いきなり惚れるといったことがない以上、大体の予想は付く。色仕掛けのつもりだったのだろうが、生憎と慣れている。流石に何度もそれで死に掛ければ、嫌でも慣れる。痛い目を見て、ようやく学習するというのが男の悲しい性ではあるが。

「……えーと、その……」

 言い訳が思いつかないのか、右へ左へと目を泳がせる。

「諦めろ。少なくとも、色仕掛けには慣れている」

「……はい」

 大きく溜息をついてうなだれる。

「とりあえずは監視に付くことになったということか。まあ、できるだけ問題は起こさないようにするから、そのことについては安心してくれ」

 広場でのことはつい頭に血が上ってしまったが、もうそんなことはしない。

「……あの」

 叱られた子供のように小さな声。

「何だ?」

「……説得力はないかもしれませんが、貴方自信にも興味があるというのは本当なんですよ? ……確かに、魔具にというのも大きいんですが……」

 言いながら俯いてしまい、最後は消え入りそうな声になっている。

「……別に気にしてはいない。まあ、渡すわけにはいかないが、昨日も言ったように見せる分には構わない。とりあえずはそれで我慢してくれ」

「本当ですか! ありがとうございます」

 随分と嬉しそうだ。魔具が好きということ自体は、本当なんだろう。そうであるならば、駄目だと言う理由もない。嘘は見抜けても、結局は、あまり強く出れない。こんなだから利用されてたんだろう、ついそんなことを考えてしまう。









「ご主人様との食事を断っておいて何デレデレしてんのよ。だいたい使い魔はご主人様に付き従うものでしょうが!!」

 食堂の窓から外の席を覗き、ご主人様であるルイズは随分と不機嫌そうだ。真っ赤な顔は、私の髪よりも赤いかもしれない。

「そうなの?」

 試しに自分も覗いてみるが、そうは見えない。そもそも表情が変わっているのかも良く分からない。時々私の使い魔であるサラマンダーのフレイムを通して見ていることもあるけれど、未だにはっきりと感情を表している所を見たことはない。顔は悪くないし、強いんだけれど、そういったところが何となく物足りない。

「……ご主人様より胸の大きい女と一緒なんて認めないわ」

 ルイズが吐き捨てるように言葉を加える。

 結局、それが本音か。ざっと食堂の中を見渡してみるが、並、並、小、大、並、小でルイズが無、と。

「……無茶言っちゃ駄目よ」

 正直、ルイズが勝てるのってタバサぐらいじゃないかしら? それも、ごくごくわずかな差だろう。

「駄目ったら、駄目なの!!」

 おもちゃを取られた子供のように声を荒げる。実際この子にとってはそんな心境なんだろう。子供を見るようで微笑ましいといえば微笑ましいが、彼にとっては大変かもしれない。まあ、彼も困った妹を見るような感じだったし、案外楽しんでいるのかもしれないけれど。

「いいじゃないのそれくらい。ちゃんと言うことは聞いてくれているんでしょう?」

「……それは、そうだけど」

 ふてくされたようにそっぽを向く。本当に子供のようで微笑ましい。もしかしたら、彼もこんな心境なのかもしれない。

「それだけでもいいじゃないの。言うこと聞いてくれるだけでもすごいのよ。なんで従ってくれるのかも分からないぐらいなのに」

 本当にそうだ。いきなり成体のドラゴンが使い魔になってくれるようなものだろう。もしかしたら、それ以上なのかもしれない。

「……そんなにあいつすごいの?」

 ルイズの顔からは信じられないといった思いがありありと見て取れる。

「ギーシュに勝ったじゃない」

「たかがギーシュじゃないの」

 即答だ。確かにその通りなのだが。

「……例えが悪かったわね。でも、本当にすごいのよ?」

 どうやって勝ったのかを言えばいいのかもしれないけれど、魔法まで使えるなんていったら、立ち直れないかしらね。

「……まあ、あいつがどうあれ、使い魔としてしっかりしてれば別にいいんだけれど」

 そう口を尖らせる。でも、実際彼のことをどう思っているのかしら? 子供の独占欲みたいなものかしらね。

「彼は一応あなたの使い魔よね?」

「何であいつといい、『一応』なんてつけるのよ!!」

 再び声を荒げる。本当にコロコロと表情を変える子だ。すっかりすれている私ではそんなに素直な感情表現はできない。それはこの子の悪いところでもあるけれど、良いところでもある。

「細かいことには気にしないの。で、彼のことはどう思っているの?」

 何だかんだで気にしてくれているし、少しぐらい特別に思っていたっておかしくないはずよね。

「……別に。ただの使い魔よ」

 さっきまでとは違って、少しだけ考え込む。

「それだけ? ……詰まらないわね。でも、ま、それなら好きなことしてたっていいじゃない。ちゃんと言うことは聞いてくれるんでしょう? それだけでも感謝しなきゃ」

「ぁ、う――ぅ……。それは、そうだけど……」

 納得がいかないのか、口を尖らせる。ま、自分でも良く分からないって所かしらね。そういうことも、この子には必要でしょうね。恋心か独占欲か、どうあれ、そうやって、女の子は女になるんだから。ああ、少しおばさんっぽいかなぁ。

「もう、何で笑っているのよ!!」









 ルイズはどうしているかと部屋に様子を見に来たのだが、随分とご機嫌斜めのようだ。いかにも私は不機嫌ですといった目で睨みつけてくる。

「どうかしたのか?」

「別にどうもしないわよ。それより……、あんた、ミス・ロングビルと何話してたのよ? というか、いつ仲良くなったのよ?」

「ただ単に俺の見張りだとさ。それと、仲良くというよりも、俺が持っているものに興味があるんだろう」

 実際そんなものだ。

「……持っているもの?」

 不思議そうに首を傾げる。何となく小動物を思わせる。

「最初にお前が没収したようなものだ」

「……全部出しなさい。それで問題ないでしょう?」

 さあ、とばかりに手を突き出してくる。

「そうわがままは言うな。子供……じゃないんだからな」

 なんとなくルイズの体を見て、つい言葉が止まってしまった。

「……どこを見て止まったのよ」

 さすがに気付いたのか、感情を押し殺した声だ。やはり年の割に幼い外見というのはコンプレックスなんだろう。ふわふわと柔らかそうな桃色の髪に、コロコロと表情を変える豊かな感情、華奢な体つきというのは女の子ととして可愛らしいが、本人がそれを望むかといえば別の話だ。

 ――これは、下手に誤魔化さない方がいいのかもしれないな。どうせ聞きはしないんだろうから。

「……いや、小さいのが好きというのは案外多い。顔立ちといい、そういった人間には喜ばれるはずだ。――ああ、可愛げはもう少しあったほうがいいかもしれないな。ツンデレとか言うのが流行っているらしいが、実際問題、見て好きになるというのは……」

 できる限り角の立たないよう言葉を選ぶ。ただ、選んでは見たが、これは駄目かもしれないとは薄々感じてはいる。

 無表情にルイズが立ち上がり、目の前まで来ると両腕でぐいぐいと体重をかけて押してくる。なんとなく、されるがまま後ろへ下がる。ドアの側まで押すと扉を開けて更に押し出し、ただ一言。

「あんた今日は食事抜き。出て行きなさい」

 一息に言うと、力任せに扉を閉めた。

「……困ったものだ」

 見た目通り中身も子供だ。まあ、言葉はともかく、励ましたつもりだったんだが。

「また追い出されたの? ……たしか、前もなかったかしら」

 廊下を挟んだ反対の部屋から扉を開けて、キュルケが声をかけてくる。胸元が透けて見えるような薄い服、部屋ではそういった恰好が普通であるようだ。相変わらずルイズとは口げんかをしているのを見かけるが、ルイズはともかく彼女はからかっているだけ。他の生徒とは少し壁があるルイズには大切な友人だ。

「ルイズは子供だからな。まあ、それが可愛くもある」

 ぴったりと、しっかり鍵までかけられた扉を振り返る。

「……随分心が広いのね。嫌にならないの? 普通は怒るわよ」

 呆れたように呟く。

「まあ、何だかんだで妹が欲しかったからか。もう少しぐらいは可愛げが有ってもいいのかもしれないがな」

 つい苦笑してしまう。たしかにキュルケが言う通り、昔なら多少は腹を立てたりしていたかもしれない。だが、今はむしろ微笑ましいというのが大きい。

「追い出されちゃったんなら外に行かない? 私もあなたとはゆっくりと話してみたかったのよね」










「何であいつはあんなに生意気なのよ! 強いんだかなんだか知らないけれど、よりにもよってご主人様のむ、胸を見て子供だなんて!! しかも何! その手の相手には好かれる!? 喧嘩売ってるの!?」

 そう一息に言って自分の胸に目をやる。

「…………むぅ」

 胸に手を伸ばして触れてみるが、私の理想の姿である姉にあるような感触は返ってこない。

「……ちょっとは、……あるもん。……いつかはちぃ姉さまみたいに大きくなるんだから」

 ふと、ドアがノックされた。

「……誰!?」

 さっきのは聞かれていないだろうか? つい焦ったように答えてしまう。

「私です。学院長の秘書のロングビルです」

 確かにこの声はそうだ。でも何の用だろうか。断る理由もないので、さっき閉めた鍵を外して、扉を開く。

「お忙しい所をすみません。今、お時間はよろしいでしょうか? 学院長がお呼びなのですが……」

 丁寧に一礼して言う。

「……どういったご用件でしょうか?」

 緊張する。呼び出されるということは何かを壊すたびにあったが、この前教室を壊したときにはなかった。そのことかもしれない。他の生徒に比べてはるかになれているとは、それでも緊張しないわけではない。そもそも、それを開き直れるようでは貴族として、人としてお仕舞であるから。

「……ええと、あなたの使い魔の彼のことなんですが」

 言いにくそうに言う。

 あいつについて、心当たりがないでもない。もしかしたら決闘騒ぎのことかもしれない。見ていないから詳しいことは知らないが、確か決闘は禁止されていたはずだ。

「……あいつは今いませんが」

 つい声が硬くなる。

「ああ、彼はいなくても問題ありません。むしろいない時を見て来たんですから」

 こちらの緊張を解くためなのか、努めて明るくしているのが分かる。

「どういうことですか?」

 決闘騒ぎのことならあいつがいた方がいいはずだが。

「……そうですね。詳しいことは学院長室で話しますから、来ていただけますか?」

 少し困ったように答える。

「……はい」

 本当に何なんだろう。









「わざわざ休みの日に呼び出してすまんの。別に君がどうこうというわけではないから安心して欲しい。といってもこの雰囲気ではそれも無理かの」

 少しおどけたようにして言うが、学院長が見渡した先はいつもと少しばかり様子が違う。他の先生方がいるというのは今までなかった。いても、怪我させた先生がいることぐらい。今回は学院のほとんどの先生がいるように思う。

「……いえ」

 本当にどういうことなんだろう。オールドオスマンにはいつもの軽い雰囲気といったものはないし、部屋にいる他の先生方もどこか張り詰めた空気がある。

「まあ、今回呼んだ理由を単刀直入に言うとじゃな、君の使い魔についてなんじゃ」

「……あいつが何か?」

 ここまで大事にするようなことは思いつかない。決闘についてなら他の先生まで集める必要はないはずだ。

「……そうじゃな。君は彼についてどの程度知っておるかね?」

 あまり見たことのない真面目な表情のままだ。

「…………名前だけ、ですね。」

 言われて気付く。何も知らない。そもそもあいつは何者なのだろうか。ギーシュに勝ったという話を聞いたとき、所詮ギーシュだからそんなこともあるだろうと納得したのだが、そんなことがあるのか。あいつが魔法を使っているというところは見たことがないから変わった亜人とでも思っていたが、エルフは別として、そこらの亜人が貴族に勝てるのか。召喚ができたという喜びで忘れていたが、最初にあいつを見た時のコルベール先生の様子もおかしかった。

「ならば、君から見て彼はどう見える? 怖いとか危険だとかは思うかね?」

 少しだけ、いつものようなおどけた様子を見せる。

「……別に。少し頼りないとしか。」

 自分にとっての印象はそんなものだ。少なくとも、自分が見る限りはそうだ。

「……そうじゃな。例えば、君はもっとも強い生物は何だと思う?」

 少し考えるような仕草をしてから、そんなことを尋ねてくる。

「……えっと、……ドラゴン、でしょうか?」

 質問の意図は掴めないが思いつくままに答える。ゼロと呼ばれる自分であるが、ドラゴンのような使い魔を呼び出せることをずっと夢見てきた。

「まあ、それがこの世界の常識じゃな。しかしな、おそらく、彼はそのドラゴンですらたやすく上回るじゃろう。……エルフですら勝てんかもしれん。」

「……え?」

 つい驚きがそのまま口をつく。とてもそんな風には見えない。ましてやメイジにとって天敵と言えるエルフになど。

「驚くのも無理はない。が、たぶん間違いないじゃろう。生徒達によると先住魔法を使ったという話もあるしの」

 信じられない。が、表情を伺ってもいつものような冗談を言うような雰囲気はなく、とてもからかっているようには見えない。

「まあ、実際の所良く分からんのじゃよ。人型に角という特徴から、東方に伝わる『オニ』と呼ばれる亜人かと思っておったのじゃが、ミス・ロングビルの話によると異世界から来たとかいう話での」

「……異世界、ですか?」

 思わず眉をひそめてしまう。何で異世界などという言葉が出てくるのかが分からない。

「こちらとしても良く分からんことばかりじゃ。そんな状態で君に知らせるというのもどうかと思っておったのじゃが、いつまでも知らぬままというわけにもいかんからな」

「……そうですか」

 いきなりそんなことを言われても頭が追いつかない。

「それと、じゃ」

「……何でしょう?」

「彼については分からん事ばかりでの、こちらでも調べては見るが、君も何か分かったら知らせて欲しいんじゃ。頼めるかの?」

「そういうことでしたら、分かりました。……あ」

 一つ、思い出すことがあった。

「どうかしたかの?」

「あいつが持っていた薬を貰っていたんです。それを調べれば何か分かるかも……」

「ふむ。見せてもらえるかね?」

「分かりました。今から取ってきます」

 そう言って部屋を後にする。たしか、もらったのはいいけれどそのままにしていたはずだ。








「……彼女自身のことについては言わないんですか?」

 周りに控えていた教師達の一人がようやく口を開く。おそらく、他の教師達も思っていることだろう。

「彼がそう言ったとしても、まだ単なる推測でしかないからの。それは確信を持ててからでいいじゃろう。ただし、このことは学院外には他言無用じゃ。良いな?」

 教師達を見回し、そう念を押す。











「……見つけた」

 薬を持って行った後、あいつがどこにいるかと探していたのだが、まさか今度はキュルケなんかとカフェにいるとは思わなかった。体が勝手に走っていた。

「ちょっと! 何、キュルケなんかと一緒にいるのよ。そんなに胸の大きな女が好きなの!?」

 思わず声も荒くなってしまう。

「いや、関係ないだろう。胸のことを気にしすぎだ」

 何でこいつはどんなときでも冷静なんだろう。でも、今は何よりも聞かないといけないことがある。

「それよりも、あんた魔法が使えるの!?」

 バンッとテーブルに手を叩きつける。それなのにこいつときたら、

「……言ってなかったか?」

 淡々とした答えだ。

「聞いてないわよ!! なんでご主人様を差し置いて魔法が使えるのよ!?」

 さらに言葉が荒くなる。周りから視線が集まっているが、そんなことは気にしていられない。

「お前も使えるじゃないか」

 持っていたカップをテーブルに置くと、こちらを向いてそう言ってくる。

「……何をよ?」

 魔法なんか、見せた覚えはない。

「爆発」

「喧嘩売ってるの!?」

 思わずまた手を叩きつけてしまう。キュルケは呆れたように見ているが、今はそんなことは気にしていられない。

「いや、あれはちゃんとした魔法だ。……といっても暴発に近いみたいだけれどな」

「……何を言っているのよ?」

 言っていることの意味が良く分からない。

「……そうだな。まず、お前の属性が虚無とかいうものじゃないのか?」

 少し考えるような仕草をしていたが、そうこちらに対して確かめるように言ってくる。

「そんなわけないでしょう。虚無は伝説のもので……」

 私の魔法の失敗が人とは違うといっても、まさかそんなことがあるとは思えない。だって、私は魔法を成功させたことがないのだから。召喚だって、結局何回も失敗したし、こいつを呼んだ時だって、結局爆発していた。

「まあ、虚無がどういったものかも分からないからな。……とりあえず、使い方を分かっていないようだから、見せたほうが早いか」

 何かを思いついたように、立ち上がる。

「……どこに行くのよ」

「とりあえず、誰にも迷惑をかけないような広い場所はないか?」

 顔をこちらに向け、そんなことを言った。









「ここならわざわざ誰も来ないけれど……」

 辺りは見渡す限り草原が広がっている。つい先日召喚を行った場所だ。何もない場所で、もし大型の使い魔が召喚されてもいいようにと毎年この場所が使われている。見晴もよくて、もし誰かが近付いてきてもすぐに分かるから何をしても危険ということはないはずだ。でも、一つ納得がいかないことがある。

「何でキュルケまで付いて来るのよ。あんたには関係ないでしょうが! それに、ミス・ロングビルまで!」

「何でって、面白そうだからに決まっているじゃないの」

 何を当たり前のことをといった様子だ。

「私は一応は見張り役ということになっていますし、来ないわけにはいきません」

 胸に手を当てそう述べる。確かにキュルケはともかく、こちらには納得できる。キュルケは結局帰らないだろうし、ミス・ロングビルは仕方ないか。結局、溜息をついて私が折れる。

「……うー。……まあ、いいわ。で? ここで何をするのよ?」

 人気のない場所をと、ここに来る原因になったシキの方に目を向ける。

「来る前に言った通りだ。ルイズは魔力の使い方が分かっていないせいで安定していないみたいだからな。実際に見せてみようと思っただけだ」

「どういうことよ?」

 さっきもそうだったが、言っている事の意味が良く分からない。自分の魔法は失敗して爆発しているだけで、そんなにどうこう言うものではないはずだ。

「まあ、見てから考えればいい。それと、念のため後ろに下がっておいた方がいいかもしれない」

 こちらに対してそう言うと、距離を取るように前へ歩いていく。

「……分かったわよ」

 見せるというのなら見てから言えばいい。何をするのかは分からないが、まずは見てからだ。魔法を使うのなら、どんなものなのか見ておきたいと思っていたから丁度いい。

「良く見ておけ」

 そう言うと手を前に掲げる。

 思わず目を見開いた。

 でも、それも仕方がないと思う。ディテクトマジックなんかを使わなくてもすぐに分かる。あいつの周りにありえないくらいの魔力が集まっている。他の二人も似たような様子だ。

「――メギド――」

 そう呟くと手を向けた先の地面に、自然ではありえない紫の光が集まっていく。激しく輝く光を中心に周りをはっきりと目に見える魔力が渦巻いているのが分かる。あんなものは見たことがない。そもそも、あれだけの魔力は人に扱えるものじゃない。呆然とその様子を見ていたのだが、不意にその光が中心に集まって、一気に弾ける。


「な、何!?」

 思わず目を覆ってしまう。他の二人も口々に何かを言っている。


「……う、うそ……」

 本当に驚いたようなロングビルの声が聞こえる。私も恐る恐る目を開いてみる。

「…………」

 思わず息を呑む。

 光が弾けたところを中心に、何人もの人が入れそうな大きなクレーターがある。

 あんなものはありえない。確かにファイヤーボールなんかで地面を吹き飛ばしたりといったことはできる。ただ、それはあくまで吹き飛ばすだけ。周りに土砂だって吹き飛ぶ。

 だが、あれは違う。光があったところを中心にスプーンでえぐり取ったように綺麗に消滅している。それなのにクレーターの周りの草は焼け焦げてすらいない。一体どういう現象なのか、想像も付かない。

「どうだ?」

 なんでもないことのようにシキが振り返る。

「何なのよ!? 今のは!?」

 思わず叫んでしまう。

「何って、お前が使えそうな魔法だ。何か感じなかったのか?」

「……少しはそんな気も。じゃなくて、威力が全然違うし、そもそも先住魔法じゃない!! 使えるわけないでしょうが!!」

 確かに何となくだが似ているような気はした。でも、それとこれとは別だ。あんなことができるとは思えない。

「練習でもすれば使えるんじゃないか?」

 それなのにあいつは、気軽に言ってくる。

「先住魔法は人間には使えないの!!」

 そんな様子につい怒鳴り返してしまう。

「……まあ、どういうことなのかは良く分からないが、やってみたらどうだ? 何だかんだで系統的には似ているはずだ。それに、ルイズ、ここに来る前に言ったように、お前のは暴発に近いはずだ」

「……どういう意味よ?」

 失敗ならば分かるが、暴発というのは分からない。

「勉強して覚えたものじゃないから伝えるのは難しいが、お前のは形になる前に爆発しているんじゃないのか? 作るべき形がイメージできれば少しは形になるかもしれないと思ったんだが……」

 今度は少しばかり困ったような様子だ。

 でも、確かに言っていることは分かる。メイジが使う魔法は、イメージが重要だ。自分の起こしたい現象を強くイメージし、それを魔力で形にする。魔法の前提になるのがそのイメージだ。まったく別の魔法、虚無の魔法など、確かに私はイメージできない。そもそもどんな魔法なのか、本当の意味で知っている人間などいないのだから。

「……やってみる」

 もし言う通りなら、やってみる価値はある。ああいった形の魔法ということなら、もしかしたら私にもできるかもしれない。似ていると感じたことも、少し気になる。










「さっきのはすごかったですね。あんなのは初めて見ました」

 そうロングビルが言ってくる。興味津々と言った様子だ。

「ええ、火の属性かとも思ったけれど、あんなことはできないわ」

 キュルケが続ける。こちらも似たような様子だ。

「あれは万能魔法と呼ばれるものだ。まあ、原理が分かって使っているわけじゃないから全てが分かるわけじゃないが、虚無とかいうものに近いんじゃないかと思う」

 今はロングビルが魔法で椅子とテーブルを作ってくれたので、そこでルイズの起こす爆発を見ている。こちらとしては、そんな便利な魔法の方がすごいと思う。錬金ということらしいが、本当に便利なものだ。そこらの地面を材料に家具を作り出して見せるのだから。

 しばらくそこで話をしながら皆でルイズの起こす爆発を眺めている。不謹慎かもしれないが、見ていてなかなか面白い。そこかしこで爆発が起きているが、たまにルイズも巻き込まれている。怪我をするようであれば止めるが、ルイズ自身には影響がないということで安心して見ていられる。たまに吹き飛ばされてはいるが、ルイズの運動神経はなかなかに良いようで、きちんと受け身もとれている。たぶん、問題ないはずだ。

「……できないじゃないの」

 何度目かも分からない爆発のあと、よろよろと起き上がったルイズが泣きそうな顔で訴えてきた。

「随分、ぼろぼろになったわね」

 キュルケが言うが、本当にそうだ。全身が煤だらけだし、スカートなんかは半分なくなっていてひどい有様だ。それでも怪我をしていないあたりは流石だが。

「具体的に教えるということはできないからな。まあ、手っ取り早く使えるようになりそうな方法もあるにはあるが……」

 確かにあるが、とてもお勧めはできない。

「あるなら先に教えなさいよ!!」

 噛みつきそうなほどに怒り出す。いや、ルイズの体を押さえている腕に本当に噛みついてきた。他の二人も興味があるようで乗り出してくる。

「……副作用みたいなものがある」

 まあ、どちらかと言うと魔法が使えるようになるというのが副作用なのかもしれないが。ルイズを宥めながら説明する。

「いいわよ、ちょっとぐらいなら。で、どんな副作用があるって言うのよ」

 急かしてくるが、本当にお勧めできない。と、ようやくルイズが口を離した。服は、噛みつかれた部分が食いちぎられている。この服、どうしようか。

「たとえば、印みたいなものが体に表れる」

「どういうことよ?」

 眉をひそめる。ルイズ以外の二人も同じような表情だ。

「まあ、分かりやすく言うとだ。俺みたいになる。頭に角が生えたりとかな」

 それを聞いて俺を見ると、即座に返事が返ってきた。

「却下よ。他にはないの?」

 そう断言する。他の二人からも口々に「……それはちょっと」といった言葉がもれる。……まあ、分かってはいたが。

「なら、地道に練習するしかないな。――ああ、そうだ。実際に戦ってみるというのもあるな。なんなら俺が相手をしてもいい」

 戦いというのは集中力を高めたりといったことには良い経験になる。少なくとも、何かのきっかけぐらいにはなる。なにしろ、自分がそうだったのだから。

 俺を悪魔の姿に変えたマガタマ。それを取り込むことで悪魔の力を得たが、ただそれだけで魔法が使えるようになったというわけじゃない。マガタマは悪魔の力の結晶。それはもとになった悪魔の魔力や経験、知識の一部ではある。だが、それを取り込んだからといって、すぐさまそれが自分自身の一部になるのかといえば違う。あくまでそのままでは借りものでしかない。戦いの中で、それが本当の意味で自分のものになっていった。

「……ルイズじゃ無理よ」

 キュルケが言うが、それにはロングビルも同意してくる。もちろんルイズは反発してくるが。

「まあ、そうだが……別に怪我をさせるつもりはないからな。きちんと手加減はする」

 あくまで練習相手としてのつもりだ。それでも、実際に戦いの中で使ってみることで分かることもあるはずだ。

「……なら私達も加わるというのは? それくらいしないと形にすらならないでしょう?」

 横からキュルケが身を乗り出す。

「私『達』って、私もですか?」

 ロングビルが驚いたように尋ねるが、キュルケはもちろんと頷く。

「三対一ぐらいが妥当か……」

 いくら手加減するにしても、それ位が丁度いいのかもしれない。ルイズ一人を相手にただ的になるというのはあまり意味があるようには思えない。

「なら……」

 ロングビルが思いついたように口にする。

「なんだ?」

「勝ったら賞品があるというのはどうでしょう?」

 上目遣いに見てくる。言いたいことは、まあ、大体分かった。

「賞品って?」

 キュルケも興味を持ったようだ。

 それを見て、ロングビルが胸元のネックレスに指を絡める。

「これシキさんに貰ったんです」

 キュルケが楽しげに目を細める。

「……素敵ね」

 キュルケも同じように上目遣いに見てくる。……なぜかルイズは睨みつけてくるが。

「……まあ、構わない。そうだな、俺に攻撃を当てられたら勝ち、できなかったら俺の勝ちでどうだ?」

 ルイズにはいい経験になる。それくらいはいいだろう。

「……随分余裕ね。でも、まあ、自信過剰ってわけでもないのよねぇ。それと、私達だけに賞品があるというのもなんだし、あなたが勝ったら私達を一晩好きにしていいというのはいかがかしら?」

 そう意味ありげに流し目を送ってくる。

「ちょっと、何勝手なこと言ってるのよ!?」

 慌ててルイズが反発する。

「……ルイズはいいわ」

 そう言うとキュルケはこちらに目を向けてくるが、ノーコメントということにしておこう。

「……私も、それで構いません」

 意外なことにロングビルが乗ってくる。

「無理しなくてもいいんですよ? 私が言い出したことですし」

 そうキュルケが言うが、威勢の良い返事が返ってくる。

「いえ、女は度胸ですから。それくらいのリスクはあって当然です」

 そう誇らしげに言うが、正直、リスク扱いというのは、言われる側としては微妙なものだ。










「……準備は良いか?」

 彼は特に構えるといったこともなく、自然体で立っている。隙があるといえばそうであるようにも思うが、ただ魔法を放っても、あっさり回避しそうなイメージがある。それと、破れたら困るということで、最初の頃と同じように上着は脱いでしまっている。一部破れていたが、そこは許容範囲としたらしい。

 それはそれとして、良く良く見てみると、細身ではあるが随分と鍛え込まれた体だ。魅せる体ではなく、戦うための体。そう考えると意味の分からない刺青も、戦いの為の装飾に見えてくる。

「ミス・ロングビル。打ち合わせ通りでいいかしら?」

 そうツェルプストーが言ってくる。彼女も私も、メイジのランクとしてはトライアングルとこの学院の中でもそれなりの実力者ではある。ただ、難を言うのなら荒事の経験が少ないというところか。私は多少慣れているといえばそうなのだが、正面を切ってという経験は、考えてみると少ない。

「……ええ」

 ひとまず、せっかく多対一ということで役割を分担した。私が土系統いうことで、主に足止めを。ツェルプストーは火の本分ということでその後の攻撃だ。

 もう一人にはあまり期待していない。……そもそもの目的である彼女を鍛えるという目的とずれてしまっているかもしれないが、こんなチャンスはなかなかない。普通に勝つのは無理でも、当てるだけならどうとでもしてみせる。当然彼女は不服なようだが、最初は見てみることも大切だと二人で何とか説得した。

「ルイズは後ろに」

 ツェルプストーの言葉に不服そうながらおとなしく従う。

「……まずは様子見」

 そう言うとファイヤーボールを放つ。普通の人間が当たればただでは済まないだろうが、その心配はないだろう。だから遠慮なく行くということになっている。私はその間にゴーレムを作る。足止めということで、とにかく数を。

 そしてそのファイヤーボールだが、あさっての方向へと消える。

「……分かっていたけれど、あっさり避けるわね。当たる気がしないわ……」

 そうツェルプストーが呟くが、全くだ。ほんの少し、体を半歩横にずらすだけであっさり回避する。私がどう足止めするかが勝負になる。

「……私が足止めしますから、なんとか当ててください。一分はもってみせます」

 そう言って、作ったゴーレムを前に進ませる。造形は気にしなかったので人型をしているというだけだが、整然と並んだ様は一個大隊の兵士を思わせる。頑丈さなどというものより機敏さを重視したので、その動きは非常にスムーズだ。人が動くのとそう大差はないだろう。そのまま彼を囲ませるが、攻撃には移らない。

 とにかく動きを封じることが目的だ。先に壊されたらどうしようかと思っていたのだが、そこまでは待ってくれるようだ。別に馬鹿にされているような気はしないが、なんとか一矢ぐらいは報いたい。

「了解」

 そう言うと呪文の詠唱に移る。

 それを合図としたのか、一体のゴーレムが、もとの土くれへと戻る。

 準備ができたと判断したのか、彼の拳が一番手近にいたゴーレムをあっさりと砕いた。あっさりしすぎて、少々反応に困る。土で作ったとはいえ、あんなに簡単に砕けるものではない。少なくとも強度としては岩に近いはずだ。

「……やっぱり15秒ぐらいで」

 ひとまず15体作ったので、一体一秒計算だ。できる限り補充はするが、あまりもちそうにない。

「もうちょっと頑張って下さい!!」

 詠唱を中断して言ってくるが、文句は彼に言って欲しい。

「とにかく攻撃を! ゴーレムは補充しますが、このままだとすぐに尽きてしまいます!」

 話している間にも彼が触れるそばからどんどん潰されていく。補充が追いつかない。

「……分かっています」

 そういうと目の前に炎の塊を作り出す。普通のファイヤーボールよりも小ぶりだが、数が三つある。とにかく当てるという目的なら良い選択だ。

「行きなさい」

 言葉とともに炎が向かう。わずかにタイミングをずらしたそれは、全てを視認するということすら困難。私であれば避けるということは諦めて岩の壁でも作り出す。もちろん見てからでは間に合わないから、あらかじめ準備をしておいてだ。

 流石に彼も無視するわけにはいかないということで、そちらに注意を向け、避け、もしくは素手で叩き落す。なんとも出鱈目な体だが、今はそんなことは気にしていられない。とにかくその間にとゴーレムを補充する。その間もツェルプストーは攻撃し続ける。誘導したり、フェイントを掛けたりはしているが、向こうの方がそういったことにも上手な様だ。決定打にはならない。

「なんとか動きを止めます。その時に当ててください」

 攻撃が加わったことで、ゴーレムが壊されるスピードが落ちた。ほんの少しだが余裕ができる。ゴーレムを操りながらということで大したことはできないが、体勢を崩すぐらいならできる。ほんの少しだけ意識をそちらに向ける。彼が意図した場所にさえ来てくれれば。――ここだ。

「……ぐっ……」

 彼が少しだけ足を取られる。

 ほんの少しの邪魔、例えば、彼の拳が当たる瞬間に足元のゴーレムの残骸を泥にしたり。離れた場所のものをすぐに変化させるということはできないが、もとが自分の魔力が通ったものならできる。倒れるとまではいかなかったが、体勢は崩した。

「今です!!」

 思わずツェルプストーの方に叫ぶ。

「もちろん」

 言われずとも分かっていたのか、攻撃の準備はできている。今度は小さな火の玉ではなく、ファイヤーボールだ。普通のものよりは大きく、そして早い。今はゴーレムを潰そうと手を伸ばしていたので手は使えない。バランスも崩しているので避けられない。これなら当たる!

 それが彼の目の前に迫った時、なぜか大きく息を吸い込んでいた。なぜ、と思う間もなく、炎に向かって青白い、何かのブレスを吐きかけるのが見えた。炎は形も残さずかき消え、それは周りのゴーレムにも向けられた。それに触れたゴーレムは皆動きを止める。動かそうとしても、関節部分が固まってしまって、ギシギシと嫌な反応だけが返ってくる。それなりに数が残っていたゴーレムだが、それでみな動けなくなってしまう。なぜか肌寒い。どうやら、さっきのは冷気のブレス、皆、氷ついてしまったようだ。

「……口からって、ありですか」

 思わずそんな言葉がもれる。いくらなんでも口からというのは、正直予想外だ。ツェルプストーの方も唖然としているようで、動けないでいる。






 今のは流石に危ないと思った。泥に変えてしまうのも錬金というものなのかもしれないが、使い方、タイミングともにうまかったと思う。だが、二人だけで頑張ってもらっても仕方がない。だから、当たっても良いかと一瞬迷ったが、少しだけ意地悪い真似をする。今回の目的はルイズに実戦を経験させることだから。二人から目を離し、ルイズに視線を向ける。目が合い、少し悩んだようだが、細長い指揮棒のような杖を構え、前に出てくる。

 ――それでいい。とにかく向かって来い。




 


 彼の側で爆発が起きる。流石に目の前でいきなり爆発が起これば反応できないのか、避けようとした様子はなかった。

「何しているのよ!! とにかく攻撃でしょう!!」

 そうヴァリエールが言ってくる。いつの間にか前に出てきて彼に杖を向けている。その間にも爆発を起こしているようだが、命中精度が低いのか、なかなか思ったようにはいかないようだ。

「彼女の援護を!!」

 思わず叫ぶ。普通の魔法では当たらない。当てるなら予備動作のない彼女の魔法だ。ツェルプストーもすぐに理解したのか、行動に移る。最初と同じ小さな炎の玉だ。それを使って一箇所に誘導しようとしている。私も負けてはいられない。もう一度ゴーレムを使ってとにかく動きを止めるために歩かせる。

「ミス・ヴァリエールはとにかく数を打ってください。何とか一箇所に留めます!」

 下手な鉄砲も数を打てば当たるはず。たった一発、それが当たれば勝ちだ。

「分かったわ!」

 彼女も理解したのか、とにかく魔法を放つ。全く関係ないところで爆発が起きたり、ゴーレムが巻き込まれていたりしているが、そんなことは気にしていられない。とにかく数だ。彼もそれには対処できないのか少しばかり焦っているようだ。下手な鉄砲の話通り、足元で爆発が起きる。


 ただし、『私達』の足元で

「「「え"っ?」」」











「………大丈夫か?」

 上から顔を覗き込んでいた彼が、心配そうに声を掛けてくる。

「………怪我は、ないみたいです」

 上半身を起こして自分の体を見てみるが、確かに怪我はない。ツェルプストーもヴァリエールも同様なようだ。


「………まあ、惜しかったな。最初のバランスを崩す所はうまかったし、爆発の使い方も良かった。ただ、運が悪かった」

 彼はそう言うが、納得できるものではない。よりにもよって自爆など。

「………あの………ごめんなさい」

 見れば、原因であるヴァリエールが俯きながら言う。流石に普段の勝気な様子はなく、落ち込んでいるように見える。

「そう、気にするな。これは練習だったんだ。すぐに上達するというものでもない」

 彼が頭を撫でながら言う。まるで兄が妹を慰めているみたいだ。私もティファニアのことは妹のように可愛がっているから、なんとなく気持ちは分かる。

「賭けのことは気にしないでいいから、あまり責めないでやってくれ」

 彼が言う。――そんな言い方をされると何も言えなくなる。

「………ま、ルイズの爆発に頼った時点で運頼みだったしね。普通にやったって勝てそうもなかったし、仕方ないんじゃないの」

 そう髪をかき上げながら言う。何だかんだで仲がいいんだろう。庇っているのが分かる。なら、彼女も私もそれでいいということ。

「ま、仕方ないですよね。私達の負けです。そろそろ暗くなりますし、学院に戻りましょうか? 汗をかいちゃったんでお風呂にも入りたいですし」
 
 命のやり取りということはなかったが、それでも私は本気だった。土まみれにもなったし、服が汗で張り付いている。早くお風呂に入りたい。でも、まあ、こんなのも悪くはない。盗みに入る緊張感とはやっぱり違う。これはこれで楽しかった。

「そうだな」

 彼も賛同する。だが、良く見たら彼は全く汗をかいた様子もない。やっぱり本気で動いていたというわけでもないんだろう。実際、本気になったらどうなのか、考えると恐ろしい。まあ、それがこちらに向くというのは想像できないから、本当の意味で恐ろしなどということはないが。

「勝ったのはあなただし、背中ぐらい流しましょうか?」

 ツェルプストーがニヤリと笑いながら彼の腕に胸を押し付ける。豊かな胸が形を変える。せっかくだ。私も、乗ってみよう。

「私も、手伝いますよ?」

 反対の腕に同じよう胸を押し付ける。大きさでは勝てないが、色気では負けない。一人残されたヴァリエールが後ろでうーうー唸っているが、彼女は………頑張れとしか言えない。ティファニアとはそう年も違わないのに、この差はなんなのか。こんな所にも不平等があるなんて。まあ、ティファニアに比べれば誰の胸も貧しいのかもしれないけれど。

 美女二人をはべらせた彼の反応があまりないのが残念だけれど、これはこれで楽しい。いつかは彼を私の虜にして、彼から手を引かせるように。それはそれで、楽しそうだ。
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