混沌の使い魔 第7話 Teacher

「昨日は準備で時間が取れませんでしたが、あなたが使っていた魔法について詳しく教えていただけませんか?」

 ルイズの部屋を訪れ、出てきた相手へ挨拶もそこそこに用件を切り出した。


 学院に来た昨日も話を聞いてみたいとは思っていたのだが、流石に部屋の準備といったこともあり時間が取れなかった。朝早くから、というのは褒められたものではないが、やはり私は根っからの探求者なんだろう。興味を持った以上、確かめずにはいられない。

「俺は別に構わないが。場所は――ここでか?」

 ルイズの代わりに応答に出てきた彼が、ドアの奥、視線で部屋の中を示す。

 この様子を見る限り、使い魔としての働きはきちんとやっているということだろう。まあ、こういったことは使い魔というよりは執事の役割に近いのかもしれないが。それはともかく、ルイズの部屋でも別に構わないが、やはり本人が授業に出ている間に使うというのは体裁が悪い。

「職員寮の一室を借りていますから、そちらに移りましょう。朝食もまだでしょうから運ばせますわ」

「――そういうことらしいが、構わないか?」

 彼が何時の間にやら後ろに出てきていたルイズに確認を取る。まだネグリジェ姿でだらしないとは思うが、まあ、時間的には仕方がない。今回は大目に見よう。

「ええと……『いいわね?』……はい」

 少しばかり渋っていたようだけれど、とりあえずこれで良し、と。

 ――ああ、今のうちに渡しておかないと。

「ルイズ。適当に見繕ってきたものだけれど、参考にはなるでしょう。時間がある時にでも読んでおきなさいな」

 ルイズに研究所から持ってきた本を渡す。あまり持ち出していいような本ではないが、まあ、読む人間などいないし、問題はないだろう。

「では行きましょうか。それとルイズ、あなたはちゃんと授業に出なさいね」

 返事を待たずに、そのまま歩き出す。

 ――昨日は失敗したけれど、やっぱり私が主導権を握らないとね。







「……ルイズの姉か」

 後ろ姿を見送りながら思わず口に出す。隣に出てきているルイズと見比べてみるが、確かに姉妹だ。意図に気付いているのか不服そうだが、良く似ている。ルイズが大人になったらきっとああなるだろう。――まあ、もう少し性格は丸くなってもいいとは思うが。さて、このまま置いていかれるわけにもいかない。おとなしく付いていくことにしよう。

「また後でな」

「……うん」











「さあ、急ごしらえであまり見せられる部屋ではありませんがどうぞ」

 ドアを開け、部屋の中へと案内される。

「……十分すぎるだろう」

 中を覗き込んで、そう思った。

 部屋は随分と立派なものだ。ルイズの部屋も寮というにはかなり広かったが、こちらは更に広い。家族で暮らしても問題ないほどだ。加えて、運び込まれている家具が違う。ここにあるものはよほどの金持ちの家でもなければ見ることができないようものばかりだ。おかげで、ドアの中と外では別の建物のようにさえ見える。

「そうですか? しばらくはここに住む以上、これぐらいは当然ですが。――まあ、立ち話もなんですし、こちらへどうぞ。朝食もじきに運ばれてきますわ」

 当然といった様子で促される。実際、彼女にとってはそうなんだろう。常に凛とした様子といい、そう言えるだけの雰囲気はある。ルイズにはまだまだ子供といったあどけなさがあるが、こちらは違う。まさに物語に出てくる貴族そのものなのだから。

「……ああ」

 促されるまま、中央の丸いティーテーブルの傍の椅子へ座る。

 もちろん、ティーテーブルといってもこちらもそこらにあるようなものではない。木材は種類までは分からないが、見るからに高級だと分かるもの。加えて、細かい所まで細工が施されている。これだけで何百万とするかもしれない。軽く部屋を見渡してみるが他の家具も同じで、こういったものに対してはもとが一般人なだけに、少々落ち着かない。

「さて、せっかくルイズがいないことですし、ルイズについてどう思っているのか聞かせていただいてもよろしいかしら? 昨日はうまくはぐらかされましたが、正直な所を」

 姿勢を正すと表情を引き締めて切り出してくる。初めて会った時からずっと意志の強さを感じさせる様子だったが、それが更に強める。嘘や誤魔化しは一切許さないといった強い口調だ。しっかりとこちらの目を見据え、流石にルイズの姉だと感じさせる。同時に、きつそうな雰囲気とあいまって、付き合う相手は大変だろうな、とそんな考えも頭に浮かぶが。そのあたりもルイズと同じかもしれないが。

 まあ、それはともかく、別にはぐらかしたつもりはない。

「昨日言った事は本心だ。ルイズの何だかんだで努力する姿勢は好ましいし、あの真っ直ぐな所は――正直、羨ましい」

 こちらも相手に合わせ、目を逸らさずにはっきりと答える。自分を信じて真っ直ぐに生きるというのは、俺にはできなかったことだ。この言葉に嘘や偽りといったことはない。


「羨ましい? それは……」

 言葉の途中で控えめなノックがあった。

 疑問が顔に表れているが、ちょうどそれを言葉にする所で遮られる。おそらくここに来る途中で頼んでいた朝食が運ばれてきたんだろう。

「……朝食の用意ができたようですね。続きはその後にでも」

 残念そうではあるが、ドアの方に呼びかけ、招き入れる。

「失礼します」

 ドアを開け、そう深く一礼するとワゴンを押してメイドが入ってくる。思えば、普通にメイドがいるということにも随分と慣れたものだ。なんとなく顔を見てみると、見覚えがあるものだった。

「――シエスタか」

 まともに顔を合わせるのは久しぶりだ。たまに見かけることはあっても、大抵は避けるようにして逃げていった。顔を覚えていない人間が多い中でしっかりと覚えているということなのだから、そのことに関してだけは喜ぶべきなのかもしれないが。とはいえ、やはり寂しい。

「あ……」

 あちらも気付いたのか、小さく声をあげ、気まずそうにしている。流石に今回ばかりは逃げるわけにもいかないからだろう。

「ご存知ですの?」

 気になったのか、エレオノールが尋ねてくる。

「ああ。ここに来て初めて洗濯をする時に手伝ってもらったんだ」

 そういえば、実際にはそんなに経っていない筈だが、ここに来たのも随分前のように感じる。ここではのんびりと過ごすことができ、何かに急かされることもない。時間の感覚も違うように思う。

「もしかして……あの子の?」

 ぼんやりとそんなことを考えていたのだが、何に対してかは分からないが、随分と驚いたように尋ねてくる。

「そうだが?」

 別に隠すようなことでもないので、深く考えずに答える。 

「まさか、今もなんてことは……」

 昨日会ったばかりとはいえ、初めて見る表情だ。唖然とした、とでもいうべき顔をするというのは、雰囲気からはなかなか想像できなかった。さっきの表情もあり、尚更そう思う。

「今もというか、今朝も洗濯してきたな」

 料理を作る機会はないが、俺も随分と家庭的になったものだ。掃除に洗濯。炊事以外は全部やっている。いっそのこと料理を始めてもいいかもしれない。ずっとサバイバルといった形でしかやっていなかったが、もともと料理は嫌いではない。食材や料理法にそう違いはないようだが、この世界にはこの世界なりのものがあるかもしれない。

「…………」

 急に黙り込んでしまったので見てみると、なぜだか右手で額を押さえ、俯いてしまっている。

「どうした?」

「いえ……。あの、今更かもしれませんが、そういったことをやる必要は一切ありませんから」

 疲れたようにして言ってくる。

「ルイズは使い魔の仕事だと言っていたが?」

 初めて会った日にそう言っていた。まあ、本来やるべき仕事ができないからと言っていたような気もするが。

「本当に、必要ありませんから。あの子には、私からよ───く言い聞かせておきますので」

 笑顔のまま言ってくる。ただ、清々しいといえるような笑顔ながら、擬音語に直せばなぜだかニヤリだとか、ニタリといったものしか思いつかない。そんな笑顔だ。その笑顔の奥に、ルイズが怯える表情が浮かぶ。

「……まあ、ほどほどにな」

 昨日の様子を見る限り、たぶん口だけでなく手も出るんだろう。頬をつねり上げている様が目に浮かぶ。半分は愛情表現なんだろうが……まあ、ルイズには一人ぐらいはそんな相手がいてもいいのかもしれない。

「ええ、ご心配なく。それよりもすみません。まさかそんなことまでやらせていたなんて……」

 目を伏せ、本当に恥じ入っている。しかし、俺は別にそんなことは気にしていない。それ以外は割りと自由に過ごしているし、慣れると案外悪くない。全く何もすることがないというのは、それはそれで苦痛だろう。

「俺は気にしていない。それよりも朝食にしないか? 何時までも待たせたままというわけにはいかないだろう?」

 そう言ってから後ろに控えているシエスタに視線を送る。……まあ、目は合わせてくれなかったが。

「そう、ですわね。準備していただけるかしら?」

 シエスタに対して促す。

「は、はい。ただ今」

 そう言うと、ワゴンで運んできた料理を並べ始める。数が多いのでできれば手伝いたいとは思うのだが、こういった場合は待つべきだとこちらに来て学んだ。おとなしく待つ。とはいえ、慣れたわけではないので未だに落ち着かない。この部屋の様子に落ち着かないことといい、もとは根っからの小市民なんだろう。







 ――はあ。まさか洗濯なんてさせていたなんて。あの子にはよーく言い聞かせておかないと。ディテクトマジックを使えば彼が……そっか。あの子はそれも使えないんだっけ。

 思えば、不憫な子よね。よりにもよって名門のヴァリエール家の者でありながら魔法が使えないんだもの。召使にだって裏では何を言われていたのか。あの子はよく屋敷を抜け出したりしていたけれど、たぶんそういうことに気付いていたのよね。私達家族だって、やっぱり同情的に見ている部分はあったもの。

 ……それを考えたら、この人の言う通り、本当に真っ直ぐに育ったのものよね。本当に良く見てくれている。洗濯なんてさせても怒らないみたいだし、ルイズのことを分かってくれている。しかも、戦っている所までは見たことがないけれど、たぶんお母様よりもずっと強い。


 そこまで考えてふと気付く。

 ……あれ? ルイズって、思いっきり当りを引いてる?

 既に食事にうつっている彼の様子を良く見てみると、一応は使い魔といっても姿形は人間にしか見えない。顔立ちについても、変わった刺青があったり、男性にしては彫の浅いあまり見ない顔のつくりではあるが、どちらかといえば中性的で、悪くない部類に入るだろう。いや、軟弱なそこらの貴族とは違ってたくましさもあり、むしろ良い。なおかつ強くて、自分のことを良く分かってくれている。男性として――最高? ルイズのことは可愛く思ってくれているみたいだし、ルイズがそれに気付いたら……






「……ねえ、シキ」

 ベッドに腰掛けたルイズは遠慮がちに声をかける。

「何だ?」

 あまり気にした様子はなく答えるが、それに対して口にしようかしまいかと躊躇しながらもルイズは続ける。

「私のことは……どう思っているの?」

 一瞬言葉に詰まるが、一気に言葉にする。

「急にどうしたんだ?」

 さすがにいつもとは違うと気付いたんだろう、ルイズに向き直り、当然の疑問を口にする。
 
「正直な所を、あなたから聞きたいの……」

 自分で言って恥ずかしくなったんだろう。目を合わせられずにそっぽを向きながら答える。

「まあ、いいか。そうだな……何に対しても真っ直ぐな所はうらやましいな」

 意図に関しては分からないが、思いつくままに答える。

「他には? 私自身に対してはどんな風に見ているの?」

 聞きたいのはそんなことではない。更に続きを促す。

「どんな風に、か? 一番近いものなら妹『イヤ 』……ルイズ?」

 疑問に思いながら続けるが、ルイズに遮られる。どうしたのかと確かめようとするが、ルイズは俯いてしまっていて表情は伺えない。一呼吸置いて、ゆっくりとルイズが口を開く。心なしか声が震えている。

「それだけじゃ……イヤなの。あなたが私のことを妹のように思ってくれているのは分かっているわ。でも――それだけじゃイヤなの。妹じゃなくて、一人の女として見て欲しいの。私なんかじゃ……駄目なの?」

 涙で潤んだ目で見上げる。

「そんなことは、ない。ルイズは十分魅力的だ。好きになる男はこれからいくらでも出てくるだろう」

 ルイズの気持ちは分かった。ただ、それに対しての言葉を迷い、つい逃げるような言葉を口にしてしまう。

「あなたは……どうなの? もし魅力的だと思ってくれるなら……私のこと、抱きしめて」

 精一杯の勇気を込めて、口にする。もし断られたらどうしようといったことも表情には浮かんでいるが、それでもできる限りの勇気を振り絞って言葉にした。

「……ルイズ」

 どれだけ本気だということかが分かったんだろう。ルイズの側まで近付き、ゆっくりと、ベッドに座ったルイズを抱きしめる。

「……シキ」

 身長差から抱きしめてくれた相手を見上げる形になる。そして、ゆっくりと目を閉じる。そして力を抜き、ベットに倒れこみ……







「――ありえないわね。どっちも」

 ルイズが素直になることなんてないだろうし、ルイズは年齢的には問題がなくても見た目は子供だ。まさかロリコンなんてことはないだろうし、一線を越すということが想像できない。いや、半分していたが。……というか私は何を考えているんだろう。変な小説の読みすぎだ。なんとなく手持無沙汰なときに読んでいたりするけれど、控えよう。

「……何がだ?」

 思わず口に出ていたようで、彼が手に持ったカップを傾けたまま尋ねてくる。

「――いえ、大したことではありません。少し、ルイズのことを考えていただけです」

 嘘は、言っていない。正確にはルイズともう一人登場人物がいたが。

「そうか。……そういえば、ここに来る前にルイズに本を渡していたな。あれはどんな本だったんだ?」

 あまり気にはならなかったんだろう。別の話題を口にする。

「あの本ですか? ……そうですね、虚無の使い手である始祖ブリミルのことはご存知ですよね?」

 私としてもその方が都合がいいので、そのまま合わせる。

「ああ、名前ぐらいはな」

 彼が小さく頷くのを確認して続ける。

「ルイズに渡したのは始祖ブリミルに関連する本ですね。例えば……」









「――ふうん。『始祖ブリミルの使い魔たち』か。こういった本までは探していなかったわね。でも、もしこの本の中にシキのようなことが書かれていたなら、それは私の属性が虚無ということの証明よね」

 授業中ではあるが、今まで散々自分で予習してきた。当然今日の授業の内容もその中には入っている。だから少しぐらいはこんなことをしても罰はあたらないだろう。こっそりと表紙を開き、古い本なので破らないようにして丁寧にページをめくる。


 
 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 そして最後にもう一人・・・・・。記すことさえはばかれる・・・・・。

 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた・・・・・。




 この話は聞いたことがある。始祖ブリミルの使い魔。始祖ブリミルほどとはいかなくても、各地に伝説という形で残っているもの。確か、イーヴァルディの勇者もその力を受けたという話だったはず。使い魔は、契約する時に何らかの影響を受ける。猫や鳥といった普通の小動物でも人の言葉を理解できるようになったり。なら、シキにももしかしたらその特徴があるのかもしれない。
 
 ええと――ガンダールブは違うわよね。武器以前に、素手でゴーレムを壊していたし、ブレスまで使っていたし。しかも魔法まで……。絶対違うわね。

 ヴィンダールヴは……獣を操る。そんな所は見たことはないし、これも違う。

 ミョズニトニルン。変わった道具は持っているのかもしれないけれど……どう考えても武闘派よね。

 最後は――記すことさえはばかられる、か。一番可能性がありそうなものが全くの正体不明じゃ意味がないわね。でも、始祖の使い魔より凄そうな気が……。そんな不敬な考えが頭を過った。












「――ということは、あなたは別の世界から使い魔の召喚の儀式で呼び出されたということですの?」

 あの後も、メイドに食器を片付けさせて話を続けた。聞きたいことはいくらでもあるのだから時間は無駄にしていられない。一応ルイズに渡した本についても聞いてみたが、心当たりがないらしく、残念ながら手がかりになりそうなことは聞けなかった。
 
「ああ、そうらしいな」

 メイドに淹れさせた紅茶のカップを傾け、他人事のように言う。こういった普段の部分では、相変わらず感情を読むのが難しい。

「あなたがいた世界ですか。どんな世界なのか興味がありますね」

 彼の様子云々はともかく、その世界というのは素直に気になる。一体どんな世界なんだろうか。これだけの力を持つようになったということは、よほど過酷な世界なのかもしれない。

「信じるのか?」

 不意にそんなことを言ってくる。

「何をですの?」

「……いや。使い魔の召喚はこの世界の生き物を呼び出すものなんだろう? 前にその話をした相手がそんなことを言っていたからな」

 持っていたカップをテーブルに置き、こちらに視線を向けてくる。

「ああ、その事ですか。確かに使い魔の召喚というのはそうですね。ですが、何事にも例外があるものですし、正直、あなたは規格外ですから」

 自分で言って、思わず苦笑する。

 確かに普通の使い魔ならそんなことは信じない。だが、この人は本当に普通とは違いすぎる。そもそも、ある程度以上の知能を持つ相手を使い魔として呼び出すことはできないものだし、何より持っている力が大きすぎる。逆に、別の世界から呼び出されただとか、普通と違う、むしろ何かの事故とでも言った方が納得できる。

 それに、何となくルイズなら普通と違ってもおかしくはないという気がする。昔からルイズには普通の人間とは違うものを感じてきた。だから、むしろ、普通の使い魔を呼び出すとかいったことの方が思い浮かばない。まあ、良くも悪くもといった意味ではあるが。

「そんなものか。まあ、話が早くていい。それで俺が昨日見せた魔法についてだったか。――あれは、俺がいた世界では万能魔法と呼ばれていたな」
  
「バンノウ魔法ですか……」

 これといったものが思い浮かばないが、虚無の別名ということだろうか。私の疑問に気付いたのか、彼が付け加える。

「何でもできるとかいった意味での万能だな。俺も考えて使っていたわけじゃないから口で説明するのは難しいが……。例えば、火の属性の魔法は、火の属性を持つ相手には効果がなかったりするだろう?」

「ええ。効果がないとまではいかなくても、効果は薄いでしょうね。サラマンダーのような生き物はそもそも体が高熱に耐えられるようにできていますし、身にまとう魔力も火の属性を帯びていますから」

 彼の話に対して頷く。

「ああ。それは他の属性でも同じのはずだ。それで万能魔法というのは、そういったことがない。つまり、どんな相手に対しても効果がある。言うなら、防ぐことができない魔法といったところか。そういった意味で万能と名づけられているんだろうな」

 それで万能か。確かにそういった魔法なら攻撃魔法としては万能と呼ぶのも納得がいく。

「昨日見た限りはそれも納得できますね。あれほどの威力ならたとえスクウェアクラスの固定化でも防ぐといったことは不可能でしょうし。虚無といわれても納得できます。でも、ルイズの起こす爆発は本当にそれに近いものなんですか? とてもそうは見えないのですが……」

 現象としては似ているのかもしれないが、ルイズの起こす爆発は彼の使った魔法とは全く威力が違う。とても同じものとは思えない。ルイズのは失敗魔法というのがしっくりくるようなものだし。

「それは俺も分からない。何となく似ていると感じただけだからな。そもそも虚無と言われるものがどういったものかも分からないんだ」

 肩をすくめてそう言うと、再び私の方に視線を戻す。

「――そこで私の出番、と言うわけですか」

 思わず考え込む。

 期待されるというのには悪い気はしないが、虚無の魔法についてはほとんど分かっていない。完全に伝説上のものとなっているのだから。実際、専門に研究しているメイジは多いが、大したことは分かっていなかったはずだ。まあ、宗教庁なら別かもしれないが、そこから情報を得ることは難しい。それに、そんなことを公にすればルイズを危険にさらすことにもなるかもしれない。それは絶対に避けたい。

「……でしたら、あなたも協力していただけますか? 正直な所、私の知る限り手がかりとして有力なのは、あなた自身とあなたの使う魔法ですから」

 実際、それが一番の近道かもしれない。伝説を追いかけるのではなく、目の前にあるものを見ることができるのだから。それに、私自身興味がないと言えば嘘になる。研究者としてこれ以上のものなどないのだから

「ああ、それは構わない。もともとそのつもりだったからな」

 はっきりと言ってくれる。そんな様子に自然と笑みが浮かぶ。本当にルイズは当りを引いたものだ。ここまでいくと、正直うらやましい。まあ、この人がそこまで言ってくれるのなら、私も頑張らないとね。姉として負けてなんていられないもの。

「ありがとうございます。今日はこれから町に行ったりと時間が取れませんが、またお話を聞かせてくださいね」

 朝早くからなので随分と話し込んでしまったが、今日の所はこんなものだろう。これ以上となるとさすがに気が引ける。

「何か必要なものでもあるのか?」

 気になったのか尋ねてくる。

「まあ、そんなところです。取り急ぎ必要なものはこちらに運ばせましたが、流石に全部というわけにはいかなかったので。これから自分で見に行ってみるつもりですわ」

 新しく必要なものもあるので、どの道町には一度行かなければならなかった。

「……買い物か。なら、俺も手伝おうか?」

 そう言った後、ぐるりと部屋の中を見渡して「――大荷物になるんだろう?」と付け加える。

 ……ん。人差し指を顎にあて、考える。部屋の中を見渡すと、確かにルイズの部屋よりはすでに荷物が多いかもしれない。

 私としてはそう買い込むつもりはないが、一般的な尺度からすれば確かに大荷物にはなるのだろう。さっきのメイドにでも運ばせるつもりだったが、確かに男手はあったほうがいい。そういった意味ではそこらの人間よりもよっぽど期待できそうだ。

「そう、ですわね。お願いできますか?」

 ここは素直に好意に甘えることにしよう。町に向かう間にも話が聞けるから、丁度いいのかもしれない。









   

「これなんかはどうだ?」

 彼がショーウインドーの中のもの指し示す。見てみるが悪くはない。

「そうですね。せっかくですからそれにします。……と、そろそろいい時間ですね。食事にしませんか? 今日の御礼にご馳走しますよ」

 そう口にして、荷物を持っていてくれている彼に向き直る。つれてきたメイドの方は私が持つといったのだが、そういったことは男がやるべきだと彼が譲らなかった。なかなか変わった人だ。まあ、そういった考えは珍しいが、嫌いではない。

 部屋での話の後、さっきのメイドを御者に町へと来た。そして、予定通り買い物と、時間が時間だったので食事に。なんとなくデートのようなことをしている気がしなくもない。まあ――




「シキさんって優しいんですね」

 そんなことを言って彼と仲良く話している学院長の秘書がいるのでそんな雰囲気にはならなかったが。一緒に来る理由は良く分からないが、なぜか彼が呼んできた。まあ、それはいい。どちらかというと一方的に話しかけているといった感じで、いちゃついているというわけでもないし。

 ただ、時折彼の腕に、その、胸を押し付けたりしているのは、見ていて……

 別に私に胸がないとか、そんな悪意はないと思う。私はもちろんそんなことは気にしないし、気にしないけれど――やっぱり、むかつくわ。






 学院長室にまで呼びに来るから何かと思えば、買い物とは。わざわざ監視役の相手を呼ぶ辺り、律儀というかなんというか……。ま、そういう所がらしいのかもしれない。とはいえ、デートかどうかは別にして、女性と一緒に出かけるのに他の女まで呼ぶのは問題だ。もっとも、その相手は私なわけだが。

 ちらりとエレオノールだったかに目をやれば、少しばかり不機嫌そうだ。さっきから割りとあからさまに彼にアピールしているのだが、面白いように反応する。この辺りはやはりあのヴァリエールの姉ということだろう。隙がなさそうに見えて案外分かりやすい。貴族のことは嫌いだけれど、この素直な姉妹のことは、まあ、嫌いではない。私もついついからかうようなことをしてしまう。

 

「……ああ、ちょうどいいか」

 そんな言葉が聞こえたので彼の方へと振り向く。

「何がですか?」

 側を歩いているので自然と私も立ち止まり、一歩遅れてではあるが先頭を歩くエレオノールも振り返る。メイドの方は最初から後ろに控えているのでそのままだ。

「いや、大したことじゃない。すぐに追いつくからしばらくは三人で回っていてくれないか?」

 一度私達を見渡すと、そう切り出す。

「それは構いませんが……、どこにいるか分かるんですか?」

 当然の疑問をエレオノールが口にする。だが、それぐらいこの人ならどうにかするだろう。

「それぐらいはなんとかなする。じゃあ、適当に回っていてくれ」

 そう言うと、大荷物を持ったままではあるが、人ごみの中を危なげなく進んでいく。メイドに渡すなりして置いていけばいいようなものだが、ま、彼にとっては大したことじゃないんだろう。

「――彼はああ言っていましたが、そろそろ休憩にでもしませんか? ちょうどそこにカフェもありますしね」

 そう言って右手の建物を示す。そう高級といった佇まいではないが、赤レンガの割と凝ったデザインで洒落ている。これならば貴族のお嬢様でも問題はないだろう。彼なら別にこちらが動いても平気だとは思うが、私の方が少々疲れてしまった。そろそろ休みたい。それに、わりと体力に自信がある私がこうなのだから、メイドの方はともかくとして、お嬢様なら休みたいはずだ。

「そうですね。頃合としてもいい頃です。入りましょうか」

 くるりと背を向けるとそのまま入っていく。

「じゃあ、私達も入りましょう」

 後ろを振り返り、メイドに声をかける。

「……いえ、私はここで。ご一緒するなんて恐れ多いですから」

 そう言うとその場で立ち止まる。

「そんなことは気にしなくていいと思いますよ?」

 私もそうは言ってみるが、多分変わらないだろう。

「いえ、お気遣いはありがたいのですが……」

 深く一礼するが、固辞するのは変わらない。まあ、これは分かっていたことだ。この子は貴族に対してかなり恐れを抱いている。とすると、無理強いする方がよほど可哀そうだろう。

「……そう。じゃあ、シキさんが来たら知らせていただけるかしら?」

「はい。お任せください」
 
 安心したような表情を見せる。それが自然な反応だ。






「私はもう注文を済ませましたが、何になさいます?」

「……そうですね」

 落ち着いた店の中、豪奢な雰囲気が一際目立っているこの女性の向かいに腰掛け、メニューを開く。見ると紅茶だけでもメニューが豊富らしく、ダージリン、アッサムといった定番はもちろん、あまり耳慣れないものもある。さて、こういう所にはあまり来ないのだけれど、どうしようかな……

「……一つ、いいですか?」

 そう声をかけられたので、メニューから顔を上げ、向き直る。

「何でしょう?」

「あなたは、その……あの人に対して好意を持っているんですか?」

 幾分視線をさまよわせ、控えめに尋ねてくる。言い方はともかく、内容は随分とストレートではあるが。

 しかし、まさかいきなりこんなことを聞いてくるとは思わなかった。ま、そう思うのは無理ないのだけれど。少し、考えてみる。

「そうですね。確かにあの人には好意を持っているかもしれませんね。少なくも、一晩一緒に過ごしてもいいと思うぐらいには好きですよ?」

 別に今更隠すことでもないので、思ったまま答える。本当はもう少し強引なぐらいがいいけれど、彼のことは嫌いじゃない。

「なっ……」

 眉をひそめ、露骨な反応だ。ま、貴族ならそれが普通なんだけれどね。

 ――貴族のお嬢様だった昔の私なら、同じだったのかな。ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。もちろん、今の私にはそんな資格なんかないということは分かっているんだけれど。

「勘違いしないで下さいね 私だって誰でもというわけではないですし、あの人だからですよ? 分かりづらいですけれど、本当は優しい人」

 ……それに、私のこともきっと分かってくれる。これは聞こえないように、口の中で付け足して。


「……それは、そうかもしれませんが」
 
 顔をそらし、歯切れが悪い。とはいえ意外だ。まさか多少なりとも理解を示すとは思わなかったんだけれど。

「ふふ、貴族ならそれが普通の反応ですよ。私は元貴族。貴族の価値観は分かります。そして――平民の価値観も。だからなんでしょうね。しきたりなんかに縛られずに自由に考えられるし、自由に動ける。私は貴族ではなくなりましたが、そのことについては良かったとさえ思っています」

 貴族でなくなったことで随分と苦労した。そこそこの貴族のお嬢様からいきなり平民に、ううん、下手をしたらそれ以下にまで落ちて、受け入れるにも時間がかかった。けれども、このことにだけは感謝しているかもしれない。

 しばらく向き合うがお互い言葉はない。

「……まあ、そんな人間もいるということです。私は先に失礼しますね。シキさんには宜しく言っておいて下さい」

 ゆっくりと椅子を下げ、立ち上がる。

「……ええ」

 そのまま振り返らずに店を後にする。つい自分の身の上を話してしまったけれど、少し後味が悪い。別にそんなことを言う必要はなかったのだから。






「……そんなものかしらね」

 一人、温くなってしまった紅茶を片手に独り言ちる。カップの紅茶がゆらゆらと揺れる。

「……あの」

 ぼんやりとしていて気付かなかったが、何時の間にかメイドが席の前に立っている。

「何?」

 視線を向け、問いかける。

「……シキ様が戻られました」

 そう、ゆっくりと答える。最初から思っていたけれど、随分と私に対して怯えているようだ。

 ――平民の価値観か。

 立ったままのメイドの顔を見上げぼんやりと考える。

「な、何か……」

 いっそう怯えた声をあげ、最後は消え入りそうな声になっている。表情も今にも泣きそうといった様子だ。

「……何でもないわ。別にあなたがどうこうというわけじゃないから。」

 これ以上怖がらせる必要もない。椅子を引かせ、立ち上がる。

 ……そういえば
 
「一つ、いいかしら?」

 傍らに控えるメイドに問いかける。

「……何でしょう?」

 先ほどのような怯えはないが、やはり声は硬い。

 そんな様子に思わず苦笑してしまう。こう間近に見ることで、自分達貴族がどう思われているのか良く分かる。平民にとっての貴族というものが。

「好奇心で聞きたいだけよ。あなたにはシキさんがどう映っているのかしら? ……やっぱり、怖い?」

 平民にとって貴族がどういったものなのかは分かっている。だったら、シキさんのような相手はどう映るのか。ちょっとした好奇心のようなものだ。

「……あの方を、ですか?」

 こちらを窺うように見上げてくる。まだ怯えているようなので、単なる好奇心だとできるだけ安心させるように付け加える。といっても、普段とは逆なのでなかなか難しいのだが。それでも、ゆっくりと口を開く。

「……やっぱり、怖いです」

 そう言うと視線を下ろし、一呼吸置いて更に付け加える。

「……貴族の方は、平民に対しては絶対です。……でも、あの人は……」

 そこまで、言って言葉が途切れる。まあ、大体言いたいことは分かった。これ以上無理強いすることもないだろう。

「ありがとう。参考になったわ。これ以上待たせるわけにもいかないし、行きましょうか」

 
 










「それでは明日からのことは頼むの。生徒達にとってもいい刺激になるじゃろう」

 学院に戻ってから、明日からのことで学院長室に打ち合わせに来た。

「ええ、任せてください。期待には応えて見せますわ」

 笑顔で返す。

「さすがに頼もしいの。まあ、心配はいらんじゃろうがね。とはいえ、さすがに慣れるまでは大変じゃろう? もう一つの方はしばらくは無理せんでいいからの」

「いえ、ご心配なく。どちらも手は抜きませんから」

 心配するのは分かるが、その必要はない。きちんと両立してみせる。

「むう。頼もしいが、もう少し肩の力を抜いた方がいいかもしれんよ。でないとおと『何か?』……いや、疲れるんじゃないかとの」

 ちょうどいい。学院長が私のことをどう思っているのか、しっかりと聞いておかないと。何で目を逸らしているのかなんかをしっかりと。

「あ、明日は準備なんかもあるし早いじゃろう?」

「いえ、ご心配なく。手抜かりはありませんし、たとえ何であっても手は抜きませんから」

 ニッコリと微笑んでみせる。
 
 








 歩みを進めるに合わせて、床からは心地よいリズムが反響する。
 
「この雰囲気も懐かしいわね」

 教室までの廊下を歩きながら、思わず口からこぼれる。この廊下を歩くのは学生時代以来だから本当に久しぶりで、素直に懐かしいと思う。普段は昔のことを思い出したりといったことはないけれど、ここを歩いていると自然に昔のことが頭に浮かんでくる。――と、そんなことを考えている間に辿り着りついていた教室のドアを開け、教壇にまで真っ直ぐに歩く。

「皆さん、初めまして。しばらくの間、特別講義を担当することになったエレオノール・ド・ラ・ヴァリエールです。そう長い間こちらにいられるわけではありませんが、よろしくお願いしますね」

 そう簡単に挨拶を口にし、教室を見回す。

 そんな中、一瞬ルイズと目が合ったが、随分と驚いた顔をしている。笑いかけると、ルイズの後ろに立っているシキさんにも視線を向ける。まあ、ルイズとは対照的にこちらは無反応だったが。できればもう少し反応があった方が面白いんだけれど。


「……な、なんでエレオノールお姉さまが!?」

 ガタンッと音を立てながら、ルイズが立ち上がって当然の疑問をぶつけてくる。姉妹ということに驚いたのか、周りも少々騒がしくなっている。

「驚くのは分かるけれど、もう授業の時間は始まっているんだからおとなしくなさい。臨時とはいえ、私も教師になっただけです。……さあ、時間もそうあるわけではないのだから、皆さんも静かになさいね」

 ほんの少しだけ語気を強めておとなしくさせる。

 ――うん、いい子達ね。すぐに静かになった。

 教師の真似事をしている理由は簡単。学院内に部外者がいるというのは体裁が悪いので、教師という立場を取っただけだ。まあ、実際にこんなことまでする必要はないのだが、せっかくなので授業も行うことにした。知識は十分あるし、教える立場というのは自分にとってもいい勉強になる。もちろん王立魔法研究所で行っているようなことをそのままで、ということではない。あくまで、学院で教えるような内容を。ただし、それから一歩踏み込んだ応用を実践に即する形でだ。

 皆が静かになったようなので、黒板に向き直り、早速今日の内容を書き始める。








 ――やっぱりお姉さまはすごいのね。

 素直にそう思う。始めてすぐは私を含めて皆が緊張していたが、授業が半ばに差し掛かった頃にはほとんど全員が興味を持って聞いていることが分かる。もちろん私も含めてだ。学院で行われている授業全般に関して言えることなのだが、本当に基本だけだったり、教師が自分の好みで行ったりと、お世辞にも面白いとはいえない。でも、お姉さまの授業は本当に面白いと思う。
 
 まずは面白いと思えるような部分を中心に据え、興味を持たせるということを第一にしている。面白いと思うことさえできれば飽きることはないし、理解しやすい。しかも、ただ面白くするというだけでなく、要所要所はきちんと押さえている。本当に、すごいと思う。きびきびとした動作が本当に凛々しくて、こういった部分は素直に憧れる。あとはちい姉さまみたいに優しければ言うことはないんだけれど……。

 ともかく、そのおかげか、大分雰囲気が和やかになってきた。私の後ろで隣と軽口を言っている人間もいる。 


「……ルイズの姉って話だけれど、全然違うな」

「……ああ、美人だし、大人の女性って感じだよな」

 そこに含まれた私に対して持っている印象が正直なところむかつくけれど、それも仕方がない。お姉さまは本当にすごいし、私にとって理想の貴族そのものだ。むしろ、そんな人が私の姉であるということが誇らしく、あまり気にはならない。それに、お姉さまにもしっかり聞こえているんだろう。後姿からも上機嫌だということが分かる。お姉さまの機嫌がいいというのはいいことだ。……とばっちりは大抵私にくるんだから。



「……でも、性格は更にきつそうだな」

「……ああ。確かヴァリエール家の長女は嫁ぎ遅れているとか」

  よどみなく動いていたお姉さまの手がピタリと止まった。

 ……あ。――ああああああああ、この馬鹿!! しっかり聞こえているのになんてことを!?

 冷や汗をかきながら、奥歯を噛み締める。でも、もしかしたら聞こえていないかもしれない。そんな一縷の望みにかけてみようと思うが

「……そうね。この魔法を実践してみようかしら。……じゃあ、そこの二人、前に出てきてくださる?」

 やっぱり聞こえていたようだ。ピンポイントでさっきの二人に当てている。お姉さまはニッコリとこれ以上ないような笑顔だ。そんな表情に安心したんだろう。指名された二人は多少慌てながらもおとなしく前に出て行く。……でも、私には分かる。ああいった表情の時のお姉さまはこれ以上ないくらい怒っているということを。

「二人には魔法をかけられる相手役をお願いしたいんだけれど、いいかしら?」

 さっきの笑顔のまま、本当に優しく問いかける。私にとっては恐怖でしかないのだが、二人には分からないんだろう。聞かれてはいないと二人はお互い顔を見合わせ、安心しきった表情になっている。

「先生がかけるんですか?」

 出て行ったうちの太った方、マリコルヌがのんきにそんな質問をする。

 それに対してお姉さまは、いい質問ねとばかりに笑っている。ただ、急に私の方を向くと、ニタリと、ほんの一瞬だがそんな表情を見せる。

「私じゃないわ。――ルイズよ」

 再び二人に向き直ると満面の笑みだ。反対に言われたほうはみるみる青くなっていくのが分かる。

「だ、駄目です!!」

「そうです。駄目です!!」

 二人そろって随分と慌てている。悲しいが、理由は分かっている。

「大丈夫よ。心配ないわ」

 慌てる二人に本当に優しく答える。まあ、こっそり「……ちゃんと治療するから」と付け加えているのが聞こえたけれど。

「さあ、ルイズいらっしゃい」

 本当に楽しそうに言う。そんなだから結婚できないとは、間違っても顔には出さない。

「は、はい。……でも、いいんですか?」

 お姉さまが何を考えているかは分かっているとはいえ、やはり確かめずにはいられない。物に対して魔法をかけるならともかく、人に対してとなるとどうしても躊躇していまう。


「もちろんよ」

 それに対して、遠慮は要らないとばかりに答えるが、その対象となる二人は違う。


「「良くないです」」

 言うや否や走って逃げようとするが、お姉さまはそんなに甘くはない。

「教室で暴れちゃ駄目よ」

 と、予め用意しておいたんだろう。杖を振って二人を空中へと浮かせる。

「さ、快く手伝ってくれるみたいだから思いっきりやりなさい。……手加減なんかいらないから。ほら、二人とも喜んでいるし」

 空中で暴れている二人を指差す。二人は激しく首を振り、何かをわめくようなしぐさを見せている。……サイレントをかけているんだろう。何を言っているんだかは分からない。けれど、逆らうわけにもいかない。やめてくれと言っているんだろう二人に対し、心の中で謝罪しながらゆっくりと杖を掲げる。――まあ、さっきは私のことも馬鹿にしていたしいいか。





「……じゃ、じゃあ」

 前に出て来たルイズが身構える。それにあわせて私はゆっくりと後ろに下がる。

 そして、いつものようにルイズが起こす爆発を見ながら考える。

 ――やっぱりルイズの起こす爆発は普通の魔法とは違うわね。私がこっそりかけてた固定化をものともしなかったし、何だかんだで威力は大きいのに、怪我はしないんだもの。

 現象としては彼の使った魔法に似ていると言われればそんな気もするけれど、実際の所はどうなのかしら? 固定化を全く無視したということは普通の魔法ならありえないことだし、彼の言っていた万能魔法の特徴にも一致しているんだけれど……もう少し調べてみないと駄目ね。

 ――ふふ、なかなか面白いじゃない。しばらくは退屈しないですみそうね。


「……こういったこともほどほどにな」

 いつの間にか後ろに来ていたシキさんが声をかけてくる。

「さて、何のことでしょう? たまたまルイズの魔法が失敗しただけのことですから。二人には運がなかったんでしょうね」

 何のことやらととぼけてみせる。ルイズのこともそうだが、この人もなかなか面白い。しばらくは本当に退屈しなくてすみそうだ。
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