混沌の使い魔 第8話 Mysterious Thief(前半)

「――ええと、次に必要なものは」

 次の授業に必要なものを頭の中で思い浮かべながら、職員室へと入る。教師として一週間近く過ごしたが、まだまだ慣れない部分もある。だからといっては何だが、今のようについ直前まで準備ができていないこともある。

「……どこかで聞いたような気はするのだが」

 自分へ割り当てられた席へ向かう途中、そんな声が聞こえてきた。

「何がですの? ミスタ・コルベール」

 何となく気になったので、声の主に尋ねてみる。

「……ああ、ミス・ヴァリエール。つい、口に出していたようですな」

 座った席から振り向くと、苦笑しながらこちらに視線を向けてくる。この人は同僚ということになったミスタ・コルベール。基本的にはここではなく、彼の研究室――そう呼べるかは別として――の方にいるのであまり話す機会はないのだが、初日に学院長から紹介されているのでお互い面識はある。加えて、彼は学院長からシキさんについて調べるように言われているので、時たま意見を交換することもある。この人も直接話を聞きに行けばいいようなものだが、そうもいかないらしい。まあ、私とて知らなかったからこそだ。もし彼のように前提知識があったとしたら、ああもたやすく口をきくというわけにはいかなかっただろう。

 それに、最初は他の教師と同じく彼が怖いのかとも思ったのだが、そう単純でもないようだ。「怖い、確かにそれもあります。ですが、見ているとなぜか昔のことを思い出すようで……」と、何やら要領は得ないのだが、何か複雑なものがあるらしい。多少は気になったが、無理に聞き出すのもどうかと思ったので、深くは尋ねなかった。見た目にはのんびりとした人だが、何やらあるのかもしれない。

「大したことではないのかもしれませんが、あの剣、本人曰くデルフリンガーと言うらしいのですが、その名前にどうにも聞き覚えがあって……」

 先ほどまでと同様、腕を組み再び考え込んでいる。

 あの剣――というと、ミス・ロングビルが購入してきたというインテリジェンスソードのことだろう。見た目にはボロボロで大したものにはとても見えなかったのだが、シキさんのことを相棒と呼んでいたということから学院で買い取ったらしい。――しかし、改めて考えてみると、確かにその名前は聞いたことがあるような気がする。最近、のことではないから、多分ずっと昔、もしかしたら子供の頃かもしれない。

「そう言われてみれば確かに聞き覚えがあるように思います。他に何か分かったことはありますか? もう少し情報があれば思い出せるかもしれませんが」

「他に……ですか? 残念ながらほとんど。しかし、特別な魔法がかかっているのは間違いないでしょう。見た目に反して随分と丈夫ですし、錬金といった魔法も受け付けません。一般的なインテリジェンスソードとは根本的に違うようで、なかなかに面白い剣です」

 残念といいながら、随分と嬉しそうだ。このあたり、この人も私と同じで根っからの研究者なんだろう。研究者というのは変わった人種で、問題が難しければ難しいほどやる気が出るものだ。そうなると私も興味が出てくる。

「何なら私も手伝いましょうか?」

「いや、あなたはどうせなら薬の方を。最初は私も調べていたのですが、なんともならないままに預けてしまいましたから。あなたならそちらの方が詳しいでしょう?」

「確かにそうですね。……まあ、必要でしたらいつでも声をかけてください。なんでしたらアカデミーの方にも掛け合ってみますわ」

「はは。もう少し頑張ってみますが、すぐにでも頼るかもしれませんな」

 笑いながら言うが、多分そう簡単には諦めないだろう。残念な気もするが、むしろその方が好感が持てる。

 ――さて、次の授業もある。そろそろ準備に戻るとしよう。

「何か分かったら私にも教えてくださいね。楽しみにしていますから。それでは、また」











「確か……、この辺りのはずだけれど」

 少しばかり薄暗い雰囲気のある廊下を見渡し、頭の中の地図と照らし合わせる。学生時代にも来たことがなかった場所なのでなかなか見つけづらい。ちなみに、今探しているのはシキさんから受け取った薬を調べているはずの相手の研究場所だ。別に学院長からは調べるようには頼まれてはいないが、単なる個人的な興味のようなものだ。あの人が持っていた薬というだけでも十分興味深い。できればサンプルぐらいは分けてもらいたいものだ。

「あら、ミス・ヴァリエール? こんな所でどうしました?」

 不意に後ろから声をかけられ、聞き覚えのある声に振り返る。

「ミス・ロングビル……」

 向こうには変わった様子はないが、何となく先日のことが頭に浮かんで言葉に詰まる。そんな様子に気づいたのか、あちらから話を続ける。

「この前のことなら気にしないでくださいね。あまり深く考えられても困ってしまいますし」

 言いながら苦笑するが、確かにその通りかもしれない。それに、私としても余計な気を使わなくて済むのなら、そうしたい。

「そう、ですね。――それで、何をしているかでしたか。そうですね、ミスタ・マーシュが学院長から預かっている薬のことはご存知ですよね?」

 「ええ」と小さく頷くのを確認して更に続ける。

「私の専門はどちらかというとそういった分野で、少し興味があるので見に来たんですよ」

 もちろん、それだけではなくできれば自分でも調べてみたいのだが。

 ミス・ロングビルはそれに対して何やら考え込み、少し間を置いて口を開く。

「……そうですか。でしたら私もご一緒しても構いませんか? 私も多少興味があるんですよ。シキさんが持っているものは面白いものばかりですから」

 そう笑顔で言ってくる。まあ、ちょうどいいと言えばいい。場所が分かりづらかったのだから、むしろ渡りに船だ。

「それはもちろん構いません。ちょうど場所が分からなかったので、むしろ助かります」

「あ、そうなんですか。まあ、確かに分かりづらいですからね」

 苦笑すると、私の前に出て「こちらです」と先導していく。










「――さてと、何から試そうかしら?」

 ここは私の部屋だが、目の前にはさっき見に行ったはずの薬がある。

 ここにある理由は……まあ、何というか、ミスタ・マーシュがあまりにも頼りにならないから私の方で調べることにしたのだ。ミス・ロングビルは少々呆れていたようだが、仕方がない。私からの質問もはっきりと答えられない上に、話の間中ずっとおどおどしっぱなしだったのだ。――まあ、私も多少上から言っていた気がしなくもないが、それはそれ、これはこれだ。

 とりあえず、せっかく現物があるのだから調べてみることにしよう。幸い必要そうな道具はすべて持ってきている。強引に、いや、預かった以上はきちんと結果を出さないと……










「――参ったね。あそこまで強引に持っていくとは思わなかった」

 自分の部屋へと戻り、思わずため息をつく。
 
 あの薬のことを知りたいという彼女を案内したまでは良かったのだ。ただ、その後がまずかった。最初は普通に質問をする程度だった。だが、ほとんど答えられないことに少しずつ機嫌が悪くなって、最後には「あなたには任せられない」と半ば強引に持って行ってしまった。確かにあの男ではあまり頼りにならない。しかし、あそこまで強引に持って行くことはないだろう。そこまで考え、再びため息をつく。

「……そろそろ動かないとまずいかな?」

 顔を上げ、そう呟く。あの男が持っているうちはそう簡単にアカデミーに移されることはなかった。だが、ヴァリエールの元にあれば別だ。彼女はもともとアカデミーの研究者。すぐにでも持っていかれる可能性がある。となると、早めに手に入れなければ面倒なことになるかもしれない。










「――なかなかうまくいかないものね」

 日当たりの良いカフェ席で一人ごちる。あの薬を受け取ってから数日、受け持っている授業自体はそう多くはないので合間に色々と試してはいるのだが、いまだに大したことは分からない。分かった事といえば、本当に常識はずれの効用があるということぐらいだ。ほんの少量を植物の切片に与えてみたのだが、そこから全体を再生してしまった。何なのかという興味は尽きないのだが、属性だとかいったものすら分からない。

 一般的に薬は水の属性を持つものなのだが、どうもそう単純なものではないらしい。今までの常識とも外れており、根本的に違うものなのかもしれない。もう少し休憩したら戻ろうとは思うが、次にどうすべきかというのも全く思いつかない。


「ここにいたのか」

 そう後ろから声をかけられたので、後ろを振り返る。

「シキさん、何かありましたか?」

 振り返ると、いつものように黒を基調としたシンプルな服装に身を包んだシキさんが立っている。

 ――そういえば、とふと気づく。普段はあまり目立つような格好もないので忘れがちになっていたが、別の世界から来たという話だった。ということは、持っていた薬もそうだということになる。だとしたら、調べるにも今までとは全く違う方法が必要なのかもしれない。もちろん、そうは言ってもなかなかそんな方法は思いつくものではないのだが。

 まあ、シキさん本人に聞くという方法もあるにはあるが、それは最後の手段だ。できれば自分自身で考え出してみたい。せっかく全く未知の新しいものに触れたのだから、滅多にないそのチャンス、自分で何とかしてみたい。合理的ではないとは分かってはいるが、これは性分のようなものだ。自分でも苦笑してしまうが、何ともしがたい。

「――いいか?」

 そう声をかけられて、我に返る。つい考え込んでしまっていたようだ。考え込んでしまって周りが見えなくなるというのは学者にありがちとはいえ、悪い癖だ。気をつけないといけない。

「すいません。つい……。それで何の御用でしょう?」

「別に用というわけじゃないんだが、渡しそびれていたものがあってな」

 そう言うと懐から何かを取り出す。

「何ですか?」
 
 手元を覗き込んで見れば、随分と丁寧に作られた箱だ。表面はビロード張りになっており、宝飾品でも入っているのだろうか?

「まあ、礼――というのもなんだが、色々と頑張ってくれているようだからな。この前町へと出かけた時に頼んでいたものだ。そう悪いものではないだろうから受け取ってくれ」

 そう少しばかりぶっきらぼうに言うと、私の方へと差し出す。しかし、思わず受け取ってしまったが、そういうわけにもいかないだろう。

「あの、お気持ちはありがたいんですが、そういうわけには……。半分は妹の為、もう半分は私自身の興味。私たちがあなたに感謝することはあっても、あなたからそんなものまで頂くわけにはいきません。残念ですが、お返しします」

 そう言って、受け取った小箱を差し返す。

「……俺自身も感謝しているんだが。――そうだな。なら魅力的な女性へのプレゼントということではどうだ? せっかく似合うと思って選んだんだ。できれば受け取って欲しい」

 予想もしていなかったような言葉に思わず見つめ返してしまう。顔色を窺ってみるが、からかっているという様子はなく、真顔だ。確かに今までにもそういったことを言ってくる相手はいたが、いつも取り入ろうといった様子や下心といったものが見えていた。しかし、そういった様子は一切ない。となれば、純粋な好意からのもの。

「な、何を……」

 なんと返せばいいんだろうか? 今までこういう相手がいなかったのでどう対応すればいいのかが分からない。

 ――それに、顔が熱い。多分、赤くなっているだろう。自分でも想像しなかった反応に、つい俯いてしまう。

「別にお世辞を言っているわけでもないぞ。少し気が強いようにも見えるが、理知的でそれも魅力だからな」

 臆面もなく更に言葉を続ける。シキさんとは逆に、私の方がますます赤くなっているのが分かる。

 う、うー、な、何か言わないと……


「……見境がないですね。あまり女性にプレゼントをした上そんなことを言っていると、いつか要らぬ誤解を受けますよ?」

「……ミス・ロングビル」

 後ろから聞こえてきた言葉に振り向くと、彼女が立っている。そして、更に言葉を続ける。

「ちなみに、私のときは『宝石も美人が身に着けていたほうが喜ぶ』でしたね。そしてこれを」

 視線を下へと移しながら胸元のペンダントのチェーンに指を絡ませる。見れば、装飾自体はそう派手ではないが、大粒のエメラルドで相当の値打ち物のようだ。

「……別に見境がないわけじゃない。ただ思ったことを言っているだけだ」

 彼が少しばかりばつが悪そうに言う。

「……天然は、一番性質が悪いです。普通に考えたら狙っているとしか思えませんよ」

 対して彼女は少しばかり呆れたように呟く。聞きながら私は少しずつ冷めていくのが分かる。むしろ、真に受けていたことが恥ずかしいぐらいだ。

「……まあ、せっかくですからこれは頂いておきます」

「あ、ああ。……そういえば、さっきは何か悩んでいるようだったが、どうかしたのか?」

 多分、話題を変えようとしているんだろう。しかし、私もその方が良い。さっきの言葉で赤くなっていた私だって恥ずかしいのだから。

「ええと、あなたがルイズにあげた薬があったでしょう? ちょっとそれを調べていて……」

「あげたもの? ……ああ、最初に没収されたやつか」

 思い出したとばかりに呟く。しかし、没収?

「あの、没収ってどういうことでしょう?」

「そのままだが? 見せたときに使い魔のものは主人の物だとか言われてな」

「……今、ルイズはどこに?」

「授業中だな」

「――ちょっと、失礼します。ここで待っていてください。すぐにルイズを連れてきますから」

 そう言って足早に教室へと向かう。






「言わないでいた方が、良かったのか?」

「さあ? とりあえず、私は先に失礼しますね。ああ、それと、これ以上見境のない真似はやめた方がいいですよ」

「……まあ、気を付ける」








 
 いつもの様に授業中ではあるが、虚無についての文献のページを捲る。時間さえあればこのように読んでいるのだが、何せ数が膨大だ。斜め読みといってもいいように読んでいるとはいえ、それでも読むべきものはまだまだある。タバサも手伝ってくれてはいるのだが、なかなか終わりがみえない。

 意識のほとんどを文献を読むのに向けていたのだが、不意にガタンと力任せに扉が開かれる音がしたので目を向ける。見れば、お姉さまだ。まっすぐにこちらに向かってくるその表情は、どちらかといえば無表情とはいえ、明らかに怒っている。心当たりは、と考えてみるが――正直、ありすぎる。教室を爆破したり、問題は散々起こしてきた。考えているうちに、目の前にお姉さまが立つ。ゆっくりと見上げると、にっこりと笑うその顔が見える。

「お、おねえしゃまっ」

 途中まで言った所で頬を引っ張られ、最後まで言えなくなってしまう。

「……来なさい」

 そのまま立ち上がらせられ、更に教室の出口へと引っ張られる。

「いひゃい、いひゃいです。おにぇえしゃまー」
 
 必死に訴えるが聞いてくれない。どうしようもないので、痛くないよう逆らわずについて行く。皆に見られて恥ずかしいが、今はそれどころではない。痛いし、どれが原因なのかが分からない。

「ミ、ミス、いったい何を?」

 後ろからようやく我に返った先生が慌てて声をかけてくる。しかし、頑張っては欲しいのだが完全にお姉さまの迫力に負けている。頬を引っ張る手はそのままに少しだけ視線を向け

「ルイズは借りていきますわ。……何か問題でも?」

「え? あ、その……」

「ないようでしたら失礼します。お騒がせしたのは謝罪しますわ」

 そう言うと、来たときと同じように扉を閉め、そのまま私を引っ張っていく。






「ええと、……とりあえず授業を再開しましょうか」

 遠くになった先生の声が聞こえる。私のことは、なかったことにしたようだ。










「座りなさい」

 カフェに来てようやく手を離してくれたお姉さまが、そう命令する。

「ええと、はい……」

 逆らえないので、言われたとおり手近な椅子に手を伸ばす。しかし、お姉さまの声に遮られる。

「椅子じゃなくて、下よ」

 その声に思わず手を止める。恐る恐るお姉さまへと目を向けるが、本気だ。こうなると、逆らえない。諦めて地面へと正座する。

「何もそこまで……」

 そう言ってシキが止めようしてくれたが

「あなたは黙っていてください」の一言で「……ああ」と黙ってしまった。……強いんだったら、せめて、せめてもう少し粘って欲しい。お姉さまからも私を守ってほしい。

「さて、ルイズ。私が何に対して怒っているか分かるかしら?」

 優しく、声だけは優しく問いかけるお姉さまを見上げる。

「え、ええと、分かりません……」

 これ以上怒らせないように、丁寧に言葉を選んで答える。 

「そう。じゃあ、これからゆっくりと教えてあげるわね」
 
 にっこりと微笑む。それなのに、死刑宣告をしているように感じるのは何でなんだろう……
 





「ちゃんと反省しなさいね」

 そう言って、ようやく開放してくれた。

 ――何時間経ったんだろう。視線を向けた先に沈み始めている夕日を見て、ぼんやりと思う。
 
 本当は、もっと早く開放してくれるはずだった。しかし、「そんなんじゃ結婚できないわよ」との言葉に思わず「お姉さまだって」と言ってしまった。

 本気で、後悔した。逆鱗に触れるというのはああいうことを言うんだろう。お姉様の口元がゆっくりとつり上がっていくあの様子、しばらくは忘れられそうもない……

「……とりあえず、大丈夫か?」

 シキが心配そうにそう尋ねてくる。その顔を見てあんたが余計なことを言うから、というのも一瞬浮かんだが、今考えればお姉さまの言うとおり馬鹿なことをしていた。もしシキの気性がもう少し荒かったなら自分はどうなっていたのか分からないのだから。今ならそんなことはないとは分かっていても、もし愛想を尽かされていたらと思うと、怖くて仕方がない。

「……あの、シキさん。薬の方は、お返しします。ご迷惑をおかけしました」

 そう言うと、深々と頭を下げる。普段のお姉さまからは想像もつかないが、非はきちんと認める人だ。そんなことをさせる原因を作った自分が、今更ながら恥ずかしくなる。

 それに対して、シキは気にしていないとばかりに頭を上げるよう促す。

「いや、構わない。役立ててくれるならそれでいい。無駄にするつもりはないんだろう?」

「それはそうですが、それは……」

 頭を上げたお姉さまが、多少困惑気味に口を開く。しかし、タバサのことがある。

「あの……」

 恐る恐るではあるが、口を挟む。

「……何?」

 多少いらだちがあるようだが、タバサの為にも言わないわけにはいかない。

「言いにくいんですが、どうしてもその薬が欲しいという子がいて、その……」

 分かってはいても、なかなか言葉が出ない。言いよどんでいる所にシキが口を開く。

「怪我でもしているのか?」

「……ううん、良くはしらないんだけれど。大切な人が毒に侵されていて、普通の薬じゃどうにもならないらしいの」

 タバサは聞いてもあまり答えたがらなかったが、様子を見るに、思いつく限りのことはやっているようだった。そのタバサにとってはあの薬はある意味では希望だ。しかし、シキがそれを否定する。

「……毒か。だが、あれには解毒といった効果はないはずだぞ」

「そうなんですか? 効果としては十分可能そうでしたが……」

 実際に効果を試してみたんだろう。お姉さまがそう言うからには相当なもの、本当にシキが言ったような効果があるのかもしれない。

「ああ。仕組みまでは知らないが、あれは純粋に体や精神の疲労、傷を治すだけのものだからな。まあ、それに関してはあれ以上のものはないだろうがな」

 それに対して指を顎を当てて考え込み、口を開く。

「それでも仕組みの一部でも分かれば、もしかしたら……」

「そうなのか?」

「恥ずかしながらまだ大したことは分からないので断言はできませんが、分かれば応用するとといったことも可能でしょう。分かれば、の話ですが」

「できるかもしれないんですか?」

 お姉さまの言葉につい声が大きくなる。タバサと知り合ったのは最近だが、助けてもらうばかりで何とかしてあげたいとずっと思っていたのだから。

 私の言葉に多少驚いたようにこちらを見たお姉様は、苦笑しながらあくまでできる「かも」と強調する。

「……そうか」

 そのやり取りを眺めていたシキはそう呟き、更に言葉を続ける。

「なら、預ける。そういったことができるのなら、俺が持っているよりもずっと有用だろう」

「……ですが」

 まだお姉様は納得しかねているようだが、それでは困る。

「いいじゃないですか、役に立つのなら。シキもそう言っているんだし」 

 その言葉に反省していないのかとばかりにギロリと睨まれ、さっきまでのことを思いだして一瞬ひるむが、今度ばかりはシキも助け舟を出してくれた。

「まあ、役に立つのなら俺も嬉しい。それに、貴重ではあるが最後というわけでもないからな」

 本人がそう言うのならと納得してくれたんだろう。しばし考え、「預からせていただきます」と言ってくれた。お姉さまがそう言うのなら安心だろう。やる気が出たのか、これから早速と戻っていく背中をそのまま見送る。

「……ところで、立たないのか?」

 お姉さまを見送る私に対し、疑問に思ったのか尋ねてくる。まあ、疑問に思うのも当然だろう。さっきから床に正座したままなのだから。

「立たないんじゃなくて、……立てないの。ずっと正座だったから」

 目をそらして答える。正座だった時間が長すぎて、痺れるのを通り越して感覚がない。

「……そうか」

「な、何しているのよ!?」

 いきなり抱えられらげ、慌てる。ひざの裏と背中に手を回して抱えられ、まあ、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。私は慌てるのだが、シキは意に介した様子はない。

「歩けないんだろう? だったらこの方が早い」

「だからって……。ふ、普通に背負えばいいじゃない!!」

 学院内をお姫様抱っこで部屋までなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。対して、困ったように口を開く。

「背負うと……刺さるからな」

 その言葉に首の後ろへと視線を移し、ああ、と納得する。最近は服に隠れていて忘れていたが、首元に角のようなものがある。確かに背負いなんてしたら刺さるかもしれない。

「う、うう、でも……」

「なら、やめておくか?」

「……いいわ。運んで頂戴」

 せっかく運んでくれるって言っているんだし。それに、こういうのに憧れがなくもない。何だかんだ言って、結構たくましいし。








 外に出る時よりも幾分足取り軽く、部屋へと向かう。具体的に何かが変わったというわけではないが、それでもモチベーションが違う。そうなると考えも前向きになってくる。全く新しい考え方が必要というヒントも得た。外に出る前ならヒントとも思わなかったかもしれないが、今なら違う。新しい理論をと前向きになれる。とりあえず思いつく限りのものを頭の中で組み立てながら、ドアのノブへと鍵を差し込みそのままひねる。

「……開いている?」

 感触のおかしさに眉をひそめる。外に出る前に確かに鍵は閉めていったはずだ。幾分警戒気味にゆっくりと扉を開いて中を覗き込み、思わず息を呑む。

「な、何これ?」









「――うう。やっぱり止めておけば良かった……」

 ベッドに倒れこんだまま、部屋の中で一人呟く。

 他の生徒に見られるかもしれないということは当然覚悟していた。――でも、よりにもよってキュルケに見られるなんて思わなかった。

「あらあら、良かったわねー。お姫様抱っこなんてなかなかないわよ? ふふ お人形さんみたいで可愛い」

 本当に微笑ましいものを見るような目で見られた。しかも、去り際に

「――この前のかけは有効だから。夜はいつでもお相手するわ」

 そう言ってからこちらをちらりと見て

「ルイズじゃ抱きがいがないしねー」

 ときっちり馬鹿にしていった。

 シキはシキで 

「いや、喜ぶ人間は喜ぶ。だから心配するな」

 と真顔でフォローにもなっていないことを言うし。ついでに、無理して殴ろうとしたら 首を傾けてあっさりよけられた。

 そんなやり取りを思い出しながらばんばんとベッドを殴りつけてもだえていると、ふと外が騒がしいのに気づく。扉の外なので何を言っているかまでは分からないが、複数の人間が口々に話しているようだ。貴族とはいえまだ学生なので騒ぐこともあるが、こういったことは珍しい。少しばかり気になったので扉を開けてみる。

 扉から身を乗り出し、声の聞こえた辺りに目を向けるとちょうどキュルケとタバサがいる。騒いでいたのはこの二人ではないようだから、おそらく声は他の生徒のものだったんだろう。とりあえず、さっきのことは忘れて聞いてみよう。

「ねえ、何があったの?」

「――あら、ちょうどいいわね。あなたのお姉さんの部屋に泥棒が入ったみたいよ。見てきた方がいいんじゃない?」

 こちらに気づいたキュルケが気になることを言ってくる。

「え? どういうことなの?」

 キュルケは知らないとは思うが、反射的に聞き返してしまう。

「さあ? 私も聞いただけだしね」

 言葉通りなんだろう。となると、実際に行ってみないと分からない。

「とりあえず、お姉さまの所に行ってくるわ」

「……私も行く」

 声に振り返るとタバサだ。あの薬の為だろういうことは分かっているが、手伝ってもらってばかりだ。感謝すると同時に、私も何かしてあげたいと思う。……残念ながら思いつかないのだが。

「あら、あなたからそんなことを言うなんて珍しいわね。……そういえば、最近あなたたち仲が良いものね。んー、そうね。私も行くわ」

 キュルケは少しばかり考え込むと、そう言ってあとを追ってくる。









 職員寮の方に来たのだが、人だかりができている。まあ、場所のせいか遠巻きにだが。私たちもあまり近くまで行くわけにはいかないので、同じような距離から見渡してみる。右から左へと視線を移す中で、ちょうどお姉さまが見えた。声までは聞こえないが、他の教師と話しているのが分かる。それなら直接聞く方が早い。

 しばらく待つと話が終わったので、お姉さまの方へと向かう。

「お姉さま。何があったんですか?」

「あら ルイズ。戻ったら部屋が荒らされていたのよ。……それに、変なものまで盗まれていたし」

 お姉さまの性格なら激昂しても良さそうなものだが、その様子がない。むしろ元気がないように見える。いったい何を盗まれたんだろうか。 

「変なものって何ですか?」

 こちらを見て言いにくそうにしていたが、ゆっくりと口を開く。

「その……下着よ」

「そのものを盗んで何に……」

 思わず正直な感想がもれる。わざわざ下着なんてものを盗む理由が思いつかない。そんなことを考えていると、不意に後ろから声が聞こえてきた。

「……そういうものが好きなやつは、ここにもいるんだな」

 振り返ると部屋の外へ出ていたシキがいつの間にやら立っていた。

「あら、あなたも来たのね」

 それに気づいたキュルケが手で軽く挨拶する。

「まあ、ここまで目立っていたらな」

 もっともだ。それで私たちもここへ来たわけだから。ふと気づいたのだが、さっきからタバサがなぜかおとなしい。どうかしたのだろうか?

 と、そういえばさっき気になることを言っていた。

「そういうものが好きってどういうことなの? 下着なんかどうするのよ?」

 わざわざ他人のものを盗んでも仕方がないはずだ。

「どうするって……その、かぶったりでもするんじゃないか?」

「「え」」

 声が重なる。お姉さまは自分のものをそんな風に扱われるのを想像したんだろう。心底嫌そうな顔をしている。まあ、それは分かる。もし自分のものだったらと思うと……嫌過ぎる。

「そ、そんなことをして何が楽しいんですか?」

 その予想外の答えに、お姉さまが食って掛かる。まあ、当然の反応だ。

「俺に言われてもな……。盗んだやつにでも聞いてくれ」

 彼自身理解はできないんだろう。困ったように答える。

「そ、そうですよね……」

 珍しく気落ちしている。その辺りは仕方がないのかもしれないが。となると話題を変えた方がいいだろう。

「他に盗まれたものはないんですか?」

「え、それはまだ……。クローゼットを中心に荒らされていて、他はまだ確認していないから」

 さすがのお姉さまも慌てていたということだろう。普段ならこういったことはないはずだから。

「もしかしたら金品も盗まれているかもしれないな。確認した方がいい。もしそうなら換金するだろうから手がかりになるしな」

 シキが冷静に言う。確かにその通りかもしれない。

「……なら、私も手伝いましょうか? どうせ片付けないといけないでしょう?」

 横からキュルケが申し出る。

「……そうね。お願いできるかしら?」

 なんで、と思ったけれど、キュルケならとも思う。よくよく思い出してみると、キュルケはなんだかんだで面倒見がいいのよね。家同士は敵対しているのに、私のことも結構気にかけてくれているみたいだし。まあ、普段は別だけれど。

「ルイズ。何ボーっとしてるのよ? あんたの姉なんだから、当然、あんたもよ」

「……分かっているわよ」

 やっぱり素直に感謝できない。今までのことからかなかなか直りそうもないが、いつかはとは思う。

「……私も手伝う」

 見ればタバサも手伝ってくれるそうだ。本当にこの子には頭が上がりそうもない。

「――私も手伝いますよ」

 第三者の声に皆が振り返れば、ミス・ロングビルが笑顔で立っている。
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