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Freccia Celeste

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混沌の使い魔 第9話 Our Little Princess 

Posted on 16:49:53

「――どうした?」

 そう目の前の相手に問いかける。こちらが話しているのにさっきから後ろが気になるようで、ちらちらと視線を送っている。

「い、いや。なんでもない!」」
 
 少々慌てながら、珍しく大仰な身振りも含めて答える。何をそんなに慌てているのかと、さきほどまでの視線の先に目をやれば――

「ルイズがどうかしたのか?」

 そこにいたのはゼロのルイズだった。いつものように使い魔と――といっても何時もというわけではないが――何やら話している。さすがにこちらからでは何を言っているのか分からないが、少なくとも仲が良いというのが分かる。ルイズの方が一方的に喋っているようにも見えるが、それでも仲の良さそうなという印象は変わらない。

 それに、ルイズ自身なんだか楽しそうだ。今まで散々馬鹿にされてきたからだろう、いつもどことなく刺々しい雰囲気があったのだが、少なくとも今はそんな様子はない。なんと言えばいいのか、。愛らしい――、同い年の女の子相手そんな感想を持つというのはどうかと思うが、それが一番最初に思ったものだ。そういえば、この前の舞踏会の時のドレス姿も、素直に可愛らしいと思ったし、それでいて、綺麗だった。普通の貴族とはやはり違う、そう思わせるのに十分だった。

「――ほ、本当に何でもないんだ! ちょっと、気になっただけで……。それより、もうすぐ授業が始まるだろう。また怒らせるわけにはいかない」

 さきほど以上に慌て、話題をずらそうとしている。それだけルイズが気になるということか。

 ――まあ、それも分からなくは無い。ルイズは見た目は子供っぽいところがあるとはいえ、間違いなく美少女に分類される。美しく、それでいて可愛らしい桃色の髪。くるくると変わる表情は子供っぽくもあるが、見ていて飽きることのないそれは、傍にあるものとして好ましい。女性らしい膨らみに欠ける華奢な体も、見方を変えればルイズの可愛らしさを引き立てる。魔法が使えないという欠点があるにはあるが、あれだけの、正直、規格外の使い魔を呼び出している。となれば、すでに魔法が使えないと馬鹿にはできない。

 家柄、容姿、性格……には多少問題があるかもしれないが、少なくと前二つにおいて一級であるルイズに惹かれるというのも当然の話だ。それに、性格についても最近は変わってきたように見える。自分自身、ルイズは魅力的になったと思う。

「そうだな。またルイズの姉――今は先生か、怒らせるわけにはいかない。せっかく尊い犠牲になって、身をもって教えてくれたやつがいたんだ。それを無駄にするわけにはいかない」

 少しばかり茶化して返事をする。そういえば、あの人はルイズの姉なんだよな、と今さらながら思う。将来同じようになると思うと……ちょっと、怖いな。どう考えてもS、を通り越してそちら方面の女王様だ。少なくとも、姉の方は俺には無理だ。そんなこと考えているうちに教室の扉が開いた。

 











「さあ、それでは授業を始めましょうか。今日は前回の続きから……」

 全体を見回し、お姉さまがそう口にする。先日のこともあるのだろうが、お姉さまの授業は皆が真剣に聴いている。それは私も例外ではなく、授業中に文献を読んだりはしない。なにせ、面白いし、下手な本などよりもよほど為になるのだから。隣にいるシキも真面目に聴いているようだ。これもまた珍しい。最初の頃はともかく、最近は飽きはじめていたようだから。

 そういえば、お姉さまの授業にはシキも毎回出ている。他の教師の授業に関しては必ずというわけではないので、それだけお姉さまの授業は面白いということだろう。妹としては鼻が高い。ただ、シキは毎回授業に出るというわけではないので、椅子は用意していない。使わない椅子が有っては邪魔になるからだ。

「ねえ、立ったままじゃ疲れない? なんなら今からでも椅子を用意したって……」

 いくぶん声を潜め、隣に立っている相手に話しかける。

「いや、大丈夫だ。もう授業が始まったろう。ちゃんと聞いていないとまた叱られることになるぞ?」

 少しばかり私の方へと腰を落とし、耳元で囁く。声には若干からかうような響きがある。お姉さまは何かと私を叱る。まあ、理由が無くも無いんだけれど……、とにかくそのことをからかっているんだろう。

「……うー、分かっているわよ。あなたも途中で抜け出すなんて駄目よ?」

 お返しとばかりに、たまに抜け出すシキに言い返す。

「分かっている。それに、他の教師の授業に比べて面白い。途中で抜け出したりなんかはしないさ」

 当然とばかりに言ってくる。まあ、その意見には私も同感だ。そのことに関しては心配ないだろう。むしろ、怒られるのは私になるのだから、そうでなくては困る。……と、そんなことを考えているところで肩に手が置かれる。

「……仲がいいのは結構だけれど、授業中にというのは感心しないわね」

 言いながら、肩に置かれた手に力が込もる。

「……う……」

 思わず呻き声がもれる。

「何か、言うことはあるかしら?」

 優しく、ゆっくりとした声だ。後ろからなので表情は見えないが、きっと笑顔だろう。だが、死刑宣告にしか聞こえない。なんせ、肩に置かれた手は万力のようにきりきりと力がこもっているのだから。

「そんなにルイズばかりを叱らないでやってくれ。話しかけていたのは俺なんだから」

 言い訳を考えていたところに、横から助け舟が入る。

「……え、あ。べ、別にあなたがどうというわけではなくて……」

 珍しく困っている。どんな時でも強気なお姉さまだが、さすがにシキを相手に同じように、というのは難しいようだ。

「……まあ、今度からはあなたからも注意してあげて下さい」
 
 あきらめたようにそう言うと、授業を再開すべく前の方へと戻っていった。

 
「……気をつけないとな」

「……うん」








 戻りながら、ルイズ達の方へちらりと視線を向ける。見れば、何やらシキさんがルイズを慰めるようにしている。さっきまで怯えた様子だったルイズも、すっかり表情が緩んでいる。

 ――ん、何と言うか、最近は仲が良いわね。まあ、使い魔との関係がそういうものといえばそうなんだけれど、ルイズらしくない。随分と信頼しているようだし、甘えているようにも見える。今までのルイズだったなら、少なくとも表にはそう出さなかったはずだ。他の生徒も似たような感想なんだろう。ルイズの方を見ている。それだけルイズらしくないということか。















 ――お姉さまの授業じゃ、庇ってもらっちゃった。うれしい、けれど、私からも何かしてあげたいな。でも、どんなことをしたら喜んでくれるのかな?

 お姉さまの授業が終わるとシキはどこかへと行ってしまったけれど、その後の授業の合間、空いた時間があると、ついそんなことを考えてしまっていた。今も廊下を歩きながら、そんなことを考えていた。

「――ああ、ルイズ、もう授業は終わったのか?」。
「え? あ、うん。さっき……」

 廊下の曲がり角でいきなり考え事の相手に出会い、つい反応できなかった。対して、シキはいつものように落ち着いている。服装もいつものように基本的には黒一色で、なおさらその印象が強くなる。

「……そういえば、あなたっていつも黒っぽい服装ばかりよね? 他には買わなかったの?」
 
 確かに似合ってはいる。けれども、いつも黒ばかりというのはどうだろう。たまには明るいものだって着てみれば良いのに。ふとそんな疑問が口から出た。

「ん? まあ、基本的にはそういったものばかり、だな。別に意図していたわけじゃないが、無難なものを選んでいたら自然にな」

 小首をかしげ、そういえばとばかりに答える。

「そう……。じゃあ、今度の休みの日に、一緒に見に行かない? 私が選んであげる。あ、もちろん無理にとは言わないけれど……」

 いい考えだとは思ったのだが、最後の方は尻すぼみになる。

「たしかに、俺が選ぶとまた同じようものになりそうだな……。しかし、いいのか? 最近は色々と忙しいんだろう?」

 確かに休みの日には朝から図書館にこもったりしている。そのことに関して遠慮しているんだろう。

「もちろんよ。あなたには助けてもらってばかりだし、それくらいはお安い御用よ。それに、私だってたまには息抜きぐらいしたいわ。買い物の後は私に付き合ってくれるんでしょう?」

「そうか……。じゃあ、頼めるか?」

「任せて。私だってそこそこのセンスはあるんだから、期待しててね」

 少し、得意になれる。いつも助けてもらってばかりだけれど、これなら。自分が何かしてあげられるということが素直に嬉しい。














 虚無の曜日、約束通りに二人で服飾店へとやってきた。まずは、ということでシキも自分で選んでいるのだが、見れば、やはり黒だとか、よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味なものを手に取っている。デザインなんかは悪くは無いんだけれど、もう少しぐらいは遊びがあっても良いと思う。――せっかく顔は悪くないんだから、もう少し、ね。

「こんなのはどう?」

 このままだとまた同じようなものを選びそうなので、手にとって広げ、示す。色自体は今までのものとそう変わらないけれど、デザイン的にはそこそこ遊びの入ったものだ。胸元まで大きくスリットが入っている。

「……少し……派手じゃないか?」

 思ったとおり難色を示す。でも、それは予想通りだ。

「大丈夫よ。一つだけで見れば派手でも、トータルで見れば違うから。他のものとうまく組み合わせればいいのよ。それとね、同じような色ばかりじゃなくて、差し色とかも考えないと」

「……そういうものか?」

 少し困ったような表情だ。あまりそういったものを考えたことはないようだ。

「そういうものよ。とにかく試してみたら? まずは合わせてみれば良いじゃない。何でもまずは試してみるものよ」

 間髪いれずに答え、まだ難色を示しているのを構わず、無理やり試着室へと押し込む。思ったとおりこういうところには疎いようだ。自分が何かを教えられる。――なんか、いいな。






 ややあって試着室のカーテンを開き、姿を見せる。

「……どうだ? やっぱり、少し派手じゃないか?」

 自分では判断しかねるようで、しきりに自分の姿を確認している。

「大丈夫よ。あとはその上に……」

 見た姿を確認して、それに合いそうなものを探しに行く。きちんと鍛えた体はシルエットが綺麗で、大抵の物は合いそうだ。そういうものを選ぶのも楽しい。もちろん、首の後ろの角のことは忘れていない。デザイン的には少し狭められるが、それはどうとでもなる。だいたい、そんなものはあとで合わせればいいんだから。







「こんなのは?」

 新しく見繕ってきたものを渡す。

「……ああ。ただ、もう今日はこれぐらいで良いんじゃないか?」

 何度も試着してみて、気分的に疲れているようだ。

「駄目よ。せっかくだから、今日はトータルでコーディネートしてあげる」

 シキは疲れているようだが、私は逆に楽しくなる。――今日は徹底的に選んであげないと。そんなわけで、私はずっと笑顔のままだ。こんなに楽しいのは、久しぶりかもしれない。














「これくらいあれば、とりあえずは十分かしらね?」

 可愛らしく小首をかしげ、こちらを見ている。

「……ああ。十分すぎるぐらいだ」

 ルイズの視線の先には、両手に抱えるほどの量の服がある。何と言うか……今まで買ってきた量の数年分ぐらいはあるんじゃないだろうか?

「んー、じゃあ、そろそろいい時間だし、どこかに食べに行きましょうか?」

 そうルイズが提案してくる。確かに時間的にはいい頃合だ。それに、なんというか精神的に疲れた。休憩という意味でもちょうどいい。

「そうだな。適当に歩いていけばいいだろう」

 言って歩き出す。後ろからルイズも置いていかないでとばかりに小走りでついて来る。小さな歩幅で必死に追いつこうする様子は、見ていて微笑ましい。






 しばらく歩いていくと、道の先にある開けた場所から、食欲をそそるような匂いが漂ってくる。

「……なかなか良い匂いだな」

 少し懐かしいような、そんな感じだ。

「ん? そうね。何かしら?」




 匂いの元はすぐに分かった。ちょっと進んだ先、ちょうど町の中心になる。真ん中には噴水があり、広場のようになっている。屋台などが集まっているが、その中でも特に人が集まっているものがある。どうやら匂いの元はそこのようだ。

「ちょっと見てこないか?」

「え? うん」

 ルイズと一緒にその屋台へと近づき、人の隙間から覗いてみる。

 屋台の中心にはかなり大きめの鉄板がある。その上に小麦粉だろう、それを水と卵で溶いたもの、鉄板の上に薄く延ばし、さまざまな野菜、そして肉と重ね、豪快にひっくり返して蒸し焼きにしている。見慣れない野菜が入っていたり、上に乗せるソースもかなり違うようだが、間違いなくお好み焼きだろう。

 ――懐かしい。こちらに来てからからは基本的に洋食ばかり。こういったものを見ることは無く、ましてや食べてなどいない。貴族に相応しい食事というのは、それはそれで良いが、たまにはこういった豪快なものが無性に恋しくなる。

「ルイズ。昼食はこれにしないか?」

「え? 別に……良いけれど」

 匂いには惹かれているものの、店の周りの人間だとかの様子を伺って躊躇している。たぶん平民がどうとか、そういったことを気にしているんだろう。この世界は見たところ文化的には中世レベル、それでルイズが貴族となれば、そんな反応も仕方が無いのかもしれない。しかし、それではもったいない。

「気乗りしないのは分かるが、たまにはこういうものも良いんじゃないか? 『 何でも試してみるもの 』 なんだろう?」

 少しばかりからかいを含めて言ってみる。

「……もう、分かったわよ。自分で言ったことだものね」

 苦笑交じりだが、嫌がっている様子はない。何だかんだ言って興味はあったんだろう。ただ、貴族の矜持だとか、そういったもので試す機会が無かったのかもしれない。自分の常識と違うものというのは、なかなか近づきがたいものだ。服屋での自分がまさにそうだった。

「とりあえず、二つ。お勧めのもので」

「――あいよ!」

 元気のいい返事が返ってきた。こういったやり取りも、屋台の醍醐味だ。昔から、下手に気取った店よりも、そんな店の方が好きだった。







「えっと、どうやって食べたらいいの?」

 受け取ったものを手に、周りを見渡している。

 椅子は無い。歩きながら食べるということを考えているんだろう、別に薄く焼いて作った皮で巻いてある。それをちょうどハンバーガーのように手で持てるように紙で包んである。なるほど、タレが随分と違うと思ったが、こんな風に食べるのを前提に、粘性を強めに作ってあるんだろう。なかなか面白い工夫をしている。

「これはそのまま立ったまま食べるんだろう。周りもそうしている」

 指で周りを指し示す。

「え、じゃ、じゃあ」

 恐る恐る口を開いて、かぶりつく……とまではさすがにいかないが、口元を汚さないように可愛らしくかじっている。小さな手で押さえ、なんとなく小動物を思わせる。

「な、何? 何で笑っているの? 何か、おかしかった?」

 慌てて周りを見て、確認している。

「いや、可愛らしい食べ方だと思ってな」

「うー……」
 
 その言葉が不満なのか、頬を膨らませ、少しすねたようにこちらを見ている。だが、それもまた可愛らしい。食べ物もしっかりと抱えたままというのがなお一層その表情に似つかわしい。

「それより、どうだ? こういうものも案外良いものだろう?」

「う、うん。ちょっと……見直したかも」

 あまり正直ではないが、どうやら気に入ってくれたようだ。

「こういうものは熱いうちが美味しいからな、歩きながらでも食べよう」

「え、歩きながらというのはさすがに……」

 今度ばかりは正直に難色を示す。まあ、言ってしまえばルイズは筋金入りのお嬢様。いきなりそれはハードルが高かったかもしれない。

「じゃあ、あそこにベンチがあるからそこに行くか」

「うん」

 二人で並んでそちらへと向かう。








 
 





 食べ終わってから、そのまま二人で町を歩いた。

「あ、これも可愛い……」

 目の前にある棚の前に屈み、手にとって見あげている。細かい雑貨を扱った店には、様々な可愛らしいものが並んでいる。中にはキモ可愛いとでも言えばいいのか、正直理解に苦しむものもあるが、それでも色とりどりの小物が並んでいる。そう広い店内ではないが、それぞれの棚には数え切れないほどのものがある。

 女の子がこういったものが好きだというのはどこでも変わらないし、身分といったものにも関係が無いんだろう。ルイズの他にもちらほらと女の子が小物を手に取っている。

 まあ、その分異物である俺は少しばかり居づらいのだが。他の女の子連れの男、目が合ったが。お互いに苦笑する。どうやら、こういった場所で男が居づらいというのも万国共通のようだ。

 その後も色々な店を回った。途中で裏通りに入ったりと怪しい店にも入ったが、まあ、楽しかったといえるだろう。何よりルイズも楽しんでくれているようで、こちらとしても嬉しい。














「人が増えてきたな」

 もともと休みということもあるんだろうが、夕食の買出しだろうか。買い物籠を抱えた女性が、そこかしこで市場を物色をしている。

「そうね」

 ルイズは答えるが、歩きづらそうだ。

 もともとここはあまり広い通りではない。そんな所で人がごったかえしていれば、そうなるのも仕方が無い。加えて、ルイズはかなり小柄だ。そういった意味では尚更だろう。

「ルイズ」

 手に持った荷物を左手に集め、ルイズへ右手を差し出す。

「え?」
  
 意図を図りかねたのか、こちらと手を交互に見て戸惑っている。

「この人ごみの中だと、歩くのも大変だろう?」

「あ、そ、そうね」

 ゆっくりと、多少戸惑いながらだが、差し出した手を握り返す。

 ――小さな手だ。ただ、あまり目立ったりはしていないが、傷がある。その中には新しい傷も。おそらく、魔法の練習をしている時にでもついたんだろう。頑張っているということか。

「……怪我をしたときには俺に言え。たいていの傷なら治せる」

 握り返してきたその小さな手に魔法をかける。痕になってしまえばなかなか消えないが、新しいものならば傷跡も残さないことができる。

「……あ。うん、ありがとう」
 
 自分の手を見つめ、戸惑いがちに言葉にする。

「そろそろ帰るか?」

 もう時間的には遅い。あまり長居をしては夕暮れになってしまうだろう。

「……うん。もうそろそろ帰らないと、暗くなっちゃうしね」

 顔を上げ同意する。

 そのまま二人で手をつないだまま、馬車へと向かった。













 夜、もう完全に日が落ちてから随分と経っており、真夜中といってもいい時間だ。そんな中、私は一人、物音を立てないようにして廊下に立っている。この時間には少々肌寒くなるが、ガウンの下にはベビードールだけしか着ていない。

「もう、ルイズは完全に寝たころかしらね」

 そう、誰にともなく呟く。

「――でも、彼は起きているわよね。あんなことを言われたら、微熱の二つ名をもつ身としては、ね」

 私とって夜は、第二の活動時間。いやいや、この時間こそが私にとって重要。そして彼も、なんだかんだで活動しているはず。彼がよく外にいるのを見かけていたから。そして、そろそろ部屋へと戻っている時間だ。

 そのまま音を立てないようにルイズの部屋へと向かう。扉の前に立ち、小さく呪文を唱え、鍵を開く。開いたのを確認すると、ゆっくりと、あまり音を立てないように体を滑り込ませる。そして、寝ている人間は起きないだろうが、起きている人間ならば気づくような声で問いかける。

「――起きているかしら?」

 その問いかけに、案の定すぐに返事がある。

「――ああ。ただ、鍵を開けて、というのは感心しないな。普通はドアの外から確認するものじゃないか?」

 暗闇の中から聞こえてくる。でも、ベッドの方から。たしか……、床でって話じゃなかったかしら? よく目を凝らしてみると、彼がベッドから上半身を起こし、こちらへと視線を向けている。顔の入れ墨を仄かな光が彩っている。なかなかに変わった装飾だ。

 ただ、その右手にはルイズがいる。俗に言う腕枕、加えて、彼の方へと手を伸ばし、体に抱きついている。安心しきった、随分と幸せそうな表情だ。ただ、少し服が乱れている。

 えっと、これは……。ルイズも見た目は子供とはいえ、年齢的には……おかしくないのよね。問題があるとすれば……その、相手の嗜好だけで。

「お邪魔……したわね。対象外じゃ……仕方無いわ」

 そのままの体勢で、ゆっくりと後ろへ下がる。

「いやいや、ちょっと待て。まだ何もしていない!」

 彼が珍しく慌てたように言う。

「……なら、尚更。……どうぞ、ごゆっくり。邪魔は、しないから」

 開けたままだったドアから外へ出て、ゆっくりと閉める。鍵は、閉めなおさないと迷惑よね。







「……ん~、な~に~?」

 瞼をこすりながら、ルイズが問いかけてくる。

「……いや、なんでもない。起こして、悪かったな」

 そう左手で優しく髪をなでる。

「……ん……」

 目を細め、さっきまでと同じように抱きつき、すぐに可愛らしい寝息を立て始める。

「……あまり気にせずに一緒に寝るといったが、客観的にはまずいかもしれないな。明日、キュルケにはよく言っておかないと、な」

 小さくため息をつく。再びルイズの方へと目を向け、指で髪をすく。一瞬くすぐったそうな表情になったが、すぐに安らかな寝顔になる。こんな様子を見ているとまあいいか……というわけにはいかないか。

 もう一度ため息をつく。















「あ、シキさん……」

 廊下の先にちょうど歩いている。いつもは黒っぽい服装ばかりなのだが、今日は珍しくそれ以外の色がメインになっている。いつものように挨拶しようと手を上げたのだが、先に彼の後ろから駆けて来たルイズが抱きついていた。

「――もう、どこに行くのよ。どこかに行くのなら私に言ってからにしてちょうだい」

 拗ねるように言う。対して、シキさんはちょっと困ったような表情だ。でも、迷惑といった様子は無い。

「あ、お姉さま。……どうかしたんですか?」

 彼にくっついたまま、尋ねてくる。

「いえ、別に……」

 上げたままになっていた手をゆっくりと下ろす。

「じゃあ、行きましょうか。――お姉さま、失礼します」

 半ばルイズが引きずるように、二人で歩いていく。

「……………まあ、いいけれど」















「ま、待って!」

 またセクハラが過ぎる学院長から逃げてきた所、少し離れたところからそんな声が聞こえてきた。特徴的な声で、すぐに誰だか分かる。そして、追いかけられている相手も大体は想像がつく。曲がり角の先を覗き込んでみれば、案の上だ。

「もう、昨日も言ったじゃない……」

 こちらは不機嫌そうに腰に手を当てながら。

「ああ、悪かった……」
 
 その相手は困ったように、だが、満更でもなさそうだ。

 二、三言葉を交わすと、彼が歩いていく。そして、その後ろからルイズが付いていく。カモの子供……そんなものが頭に浮かぶ。

 ――そういえば、テファも昔はあんなふうによく付いてきたっけ。もう随分会っていない。久しぶりに会いに行ってみるのもいいかも、そんなことがぼんやりと頭に浮かぶ。

「あらあら、相変わらず子供ですね」

 そんな言葉が後ろから聞こえた。

「ええ。でも、いいですね。いいお兄さんがいるみたいで」

 振り向きざまに答える。見れば、ツェルプストーが呆れたとばかりに大げさに手を広げている。いつものように大きく胸元が開いた服を着ており、同性から見てもはっきりと分かる色気が更に強調されている。

 私も胸は大きいほうだけれど、さすがにこの相手には勝てない。まあ、更に一回りは大きいテファに慣れているから驚きはしないけれど。何事には上がいるものだ。そして、さっきのルイズのような子も。

「んー、だといいんですけれど……」

 私の言葉に対し少し考えるように腕を組むと、ややあって気になることを言ってきた。

「何かありましたか?」

 少なくとも、今見た感じは羨ましいぐらいのいい兄妹に見えたのだが。

「――実は」

 









 教室ではルイズとその使い魔――シキというらしい――が、楽しそうに話している。使い魔の方はなかなか笑ったりはしないのだが、その分ルイズがよく笑う。話すたびにころころと表情が変わり、見ていて飽きない。それに、時たま使い魔の方に、猫がじゃれ付くように甘えている。こうして見てみると、ルイズは本当に可愛い。正直――うらやましい。甘えられる相手が自分だったら……そんな考えが頭に浮かんで仕方が無い。





「ねえ?」

 ルイズが周りを確認して首をかしげ、話しかけてくる。

「どうした?」

「最近妙に視線を感じるんだけれど、何でかしら?」

 分からないとばかりに呟く。

 確かに、そこかしこからの視線がある。まあ、ルイズが振り向こうとするとすぐに向き直るので、分からないのも仕方が無いが。

「まあ、気にするな。別に悪意なんかは感じないだろう?」

 少なくとも悪意はないはずだ。……もしあるのなら、とっくにどうにかしている。
 
「んー、そうだけれど、なんか気になるというか……」

 何やら納得がいかないようだ。たぶん、今までの視線が悪意だったから、今のような視線には慣れていないんだろう。そればかりは仕方が無い。

「気にするな。案外、ルイズが可愛いからかもしれないぞ?」
 
 そう茶化すように言って髪をなでる。

「……もう」

 少しばかり照れたような表情だ。ただ、本当だとは気づいていないようにも思える。まあ、今は俺が独占するとしよう。いずれはルイズにも相手が現れるのだから。ただ、もしそんな相手が現れたとしたら、俺が確かめるとしよう。















「あの、シキさん。ちょっといいですか……」

 歩いていると、いきなりエレオノールに話しかけられた。いつもよりも雰囲気が厳しい。まあ、それが基本といえばそうなのだが。

「何だ?」

「ルイズのことなのですが……」

 言いにくそうに一旦言葉を切るが、無言で先を促す。

「最近……あなたに甘えてばかりですよね。ご迷惑ではありませんか?」

 一気に言い終えるとこちらをじっと見る。

「いや、そんなことはないな。甘えられて悪い気はしないものだろう?」
 
 妹ができたようで悪い気はしない。まあ、多少はわがままなところもあるかもしれないが、それはそれで可愛いものだ。

 その言葉を聞いて何やら考え込み、普通なら聞こえないような声で小さく呟く。

「……やっぱり、甘えたりするほうが可愛いんでしょうか……」

 生徒の誰かが話しているのを聞いただけだが、やはりそういったことも気にしているのかもしれない。なにせ、この呟きの主はその対極に位置しているわけだから。

「甘えてくる相手は、やはり可愛いな」

 その言葉に、呟いたことが聞こえているとは思わなかったんだろう。一瞬体がはねる。

「だが、普段はどんなに気が強くても、たまには違う面を見せてくれれば、それはそれで可愛い。――たとえば、そんなことを気にしていたりな」

「……え?」

 驚いたように見上げてくる。そして――





「なにをまた口説いているんですか?」

 後ろからの呆れたような声に遮られる。……二回目だな、このやり取りは。

「別にそういうわけじゃなくてだな……」

 このセリフも、二回目か。

「天然ですか――と言うのは二回目ですね」

 からかうように笑っている。もちろん、そのつもりなんだろう。前のことを思い出したのか、それではとばかりにエレオノールがそそくさと去っていく。珍しく小走りになりながら。

「あ、そうだ。ちょっと聞いておきたいことがあるんですが……いいですか?」

 それ以上からかう気はないのか、ロングビルから話題を変える。もちろん、それを断る理由はない。

「なんだ?」

 ややためらって、一気に言葉にする。

「ロリコンだって……本当ですか?」

 打って変わって真剣な表情だ。ただし、それに言葉が伴ってはいない。

「どうして――そう思う」

 キュルケから聞いたんだろうが、完全に信じているようだ。

「だって……私やミス・ツェルプストーは相手にしなかったのに、ミス・ルイズとは……ましてや、一緒に寝るなんて……」

 変わらず大真面目な表情だ。

「……………さて、何から話そうか」
















「やりすぎだ。そんなに最強だと証明したいのなら――俺が相手をしよう」

 ミス・ツェルプストーを抱きとめ、こちらを見据える。別になんらの構えも取っているわけではない。だが、話は聞いている。いや、そうでなくても分かる。その気になれば自分など一瞬で殺されるということを。

 ――なぜ、なぜこんなことになったんだ!? 私はただ、風の優秀さを示したかっただけなのに……









「――さて。諸君、さっそくだが『最強の系統』とは何か、分かるかね?」

 ゆっくりと教室を見渡す。

「『虚無』、じゃないんですか?」

 少々期待とは異なる答えが上がる。……少しばかり予定とは違うが、まあいい。

「伝説の話ではない。現実における話だ」

「あら、そこの彼は使えるようですよ?」

 ミス・ツェルプストーがある男を指し示す。絶対に触れてはいけない、既に了解がなされたその男を。

「……彼は……例外だ。一般的な話でだ」

 伝説など……いや、この際そんなことは関係ない。根本的に存在が違うのだ。

「あら、それでしたら全てを焼き尽くす、この私の『火』に決まっていますわ、ミスタ・ギトー」

 自慢げに答える。これこそ期待していたものだ。わずかに唇が歪む。

「ほほう、ではどうしてそう思うのかね? ミス・ツェルプストー」

「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。破壊こそが『火の系統』の本領、そうじゃございませんこと?」

 胸をそらし、演技がかった仕草で自信たっぷりに答える。

「――残念ながらそうではない」

 ゆっくりと、しかし、諭すように口にする。

「――最強は我が『風の系統』さ。風こそは不可視の剣にして盾。きみの火ぐらいなら『風』で吹き消して見せよう」

 言いながら、後ろ手に杖を取り出し、挑発するように前へと掲げる。

「では試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」

「あらあら、『微熱』のキュルケをなめると、ただの火傷じゃすみませんわよ」

 予想通りあっさりと挑発に乗ってくる。好戦的で、今回に関しては実に望ましい。

「――なあに構わん、本気で来たまえ。でなければ証明になるまい」




 目の前には生徒が作ったとは思えないほどの炎の塊がある。ほんの数瞬で、私に届く。

 予想通り、ミス・ツェルプストーが得意の火球を放ってくる。なかなかではあるが、我が風の前では無力だよ。杖を横なぎに払うと、私の放った風によってあっさりとかき消される。

「――ははは、やはり『風』の方が強いようだね、ミス・ツェルプストー。さらに風は身を守るだけではないのだよ」

 もう一度杖を振るい、ミス・ツェルプストーへと風を巻き起こす。私の風の前にあっさりと吹き飛ばされ壁に――という所で、後ろから出てきた者に抱きとめられる。それこそ、風の如く現れた者が。








 教室がざわめく。皆話は知っているのだろう。到底勝てるわけが無いということを。

「……く」

 おもわず唇を噛み締める。そんな命を捨てるような真似、できるはずがない。しかし、ここまで引き下がることも……。何か――何かないか!? 面目をつぶさずにすむ方法は!!

 逃げる――違う。

 偏在で逃げる――まとめて蹴散らされる。そもそも一緒だ。

 攻撃――死にたくない。

 必死に考えを巡らせている中、突然教室の扉が勢いよく開き、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが顔を出す。わざわざ正装して、ご丁寧にもカツラまでつけている。

「ミスタ・ギトー!! 失礼しますぞ!!」

 慌てた様子で一気に口にする。

「ミスタ・コルベールどうしました!?」

 極力落ち着いたように、しかし、何とかしてくれるかもしれないとの期待からかうまくいかない。

「ええ諸君、今日の授業はすべて中止であります!!」

 よく来てくれた!! 今ほどあなたに感謝したことはない!! 思わずつかみかかったときにカツラがずれて、薄くなった頭が光っているが、今の私には後光のように神々しい。

「どうしました! 授業が中止とはどういうことですか!?」

 極力落ち着こうとするが、うまくいかない。ああ、こんなに上機嫌になったのは何時以来だろうか!!

「アンリエッタ姫殿下がいらっしゃるのですが……、どうしたのですか、そんなに嬉しそうに……」

 目を白黒させ、随分戸惑っているようだ。ああ、仕方が無いだろう。なんせ、私自身驚くほどなのだから。

「いやいや、なんでもないですとも! 姫様がいらっしゃるとなれば仕方が無い、授業は中止だ。さあ、皆すぐに準備をするように! 姫様に粗相があってはならんからな!」

 ああ、にやけるのが止まらない。ありがとう、ミスタ・コルベール! ありがとう、姫様! いや、女神様!

「さあ、こうしてはおられん、私も準備をしなければ!」

 ステップを……それはさすがに必死に我慢したが、そのまま教室を出る。ああ、このまま踊ってしまおうか!

 

 



 
「……まあ、いいか。それよりも大丈夫か?」

 私を心配そうに覗き込む。そのたくましい腕で私を支えながら。――前に見たけれど、痩せ型に見えて、本当にたくましいのよね。ああ、本当に……

「――ありがとう。あなたのおかげよ。ねえ?」

 私を心配する優しげな目を見つめ、問いかける。

「私じゃ駄目? 子供にしか反応しないの?」

 お尻が床とキスをする。

 無言で落とされたようだ。

「……い、た。何で離すのよ?」

 うった所をさすり、その相手に文句を言う。

「変なことを……言うからだ。少なくとも……ロリコンじゃない」

 無表情に口にする。でも、私にも言い分はある。

「……私にも、ミス・ロングビルにも反応しなかったし」

「それは……単純に慣れているからだ」

 まだ、他にもある。

「……ルイズと一緒に寝ていたし」

 その言葉に教室にどよめきが起き、問題の二人に視線が集まる。

「それは……『な、何よ。一緒に寝ていただけよ !!』……」

 答えに窮しているところにルイズの声が重なる。……顔を真っ赤にしたルイズの声が。それでは逆効果もいいところだろう。案の定、教室のあちこちでざわめきが起きる。

「ち、違うわよ!! 何もしていないんだから!!」

 真っ赤になったルイズが必死に叫ぶ。でも、そんな様子じゃあ、ねえ?

「……ナニも、か……」

 顔を真っ赤にしたある男子生徒が呟く。その言葉に次々と、赤い顔が増えていく。

 ルイズもだけれど、皆子供ねえ。でも、子供とっていうのも……ある意味背徳的で、官能的かも。

 その後もルイズが必死に否定しているが、教室の空気は変わらない。

 











「うううううう……。明日からどんな顔をして出れば……」

 姫の来訪が終わり――といっても、その前の出来事で頭が一杯でほとんど覚えていないのだが――部屋へと戻るとそのままベッドに突っ伏した。今までだって散々からかわれてきた。だから、人よりもずっと悪意に慣れている。でも、こんなからかわれ方は今まで無かった。

「あんまり気にするな。俺だってロリコン疑惑が……」

 とりあえず、無言で枕を投げつけておく。やっぱり避けたけれど。うう……ロリコンって、私だってそんなに……。ゆっくりと自分の体に視線を移す。

 あんまり胸は大きいほうじゃないけれど……身長も、人よりちょっと低いけれど……私だってもう16だし……。


「……誰か、来たな」

 その言葉のあと、ややあって扉がノックされる。初めに長く二回、それから――短く三回。その音にベッドから起き上がる。







 扉を開けて入ってきた相手は、顔まで真っ黒なフードで覆っている。だから、分かるのはせいぜいがその相手が女性であるということだが、さっきのノックの合図は姫様しかいない。そう口にしようとした所で、姫様は口元に手を当て、黙っているようにという合図を送る。

 そうして懐から杖を取り出し、呪文を唱える。フードの合間から聞こえてくるものから判断すると、魔力感知だ。警戒するというのは身分を考えれば当然だが、それにしてもなぜこんな時間に、しかも、わざわざ人目を忍んで……。

 呪文を唱えたところで、姫様が驚いたようにシキの方を見ている。

「……この方は?」

 声には緊張が見られる。私には魔力感知が使えないので分からないのだが、シキは桁違いの魔力を持っているらしい。しばらく前はそれがコンプレックスであったが、今では誇らしい。

「私の使い魔のシキです。すごく頼りになるんですよ」

 つい自慢するような口調になってしまう。だが、尊敬する姫様にこそ、シキは見せたかった。

「…………」

 姫様はシキのことをじっと見て、随分と時間を置いてから口を開いた。

「……そう、ルイズ。あなたは昔から変わっているとは思っていたけれど、本当は誰よりも才能があったということなのね。……やっぱり、あなたになら頼めると思っていたわ」

 シキから目を離さず、そう口にする。そして、その頼みごとというのを語り始めた。



 






 

 トリステインとも親交の厚いアルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室を打倒しそうであるということ。王室にはもう戦力が残っておらず、それは時間の問題であるということ。そして、そのアルビオンを制圧すれば、次はこの小国であるトリステインに攻め入ってくるのは間違いないということを。

 もちろんそれが分かっている以上、対抗措置は考えている。利害の一致するゲルマニアと同盟を結ぶということが。ただし、トリステイン王女であるアンリエッタ姫の嫁入りという形でだ。そのことに対し、叫び出したいような気持ちになったが、姫様の話が続く以上、抑える。

 そして更に姫様の話は続く。ゲルマニアとの同盟を結ばれるというのは問題の貴族達にとって面白いものではなく、それを阻止するための材料を探しているというのだ。悪いことに、姫様がしたためた一通の手紙がその材料となるらしい。そこまでくれば、話は分かる。

「……そ、その手紙はどこにあるのですか?」

 私は姫の信頼に答えなければならない。

「――実は」

 目を伏せ、ぽつぽつと語りだす。

 悪いことに、手紙のありかはアルビオン。そして、その持っている相手というのが正に戦の渦中の人、アルビオン皇太子、ウェールズ皇太子だという。

「ああ、破滅です! ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱勢に囚われてしまうでしょう。そうしたら――あの手紙も明るみに出てしまうわ!」

 そう言って泣き崩れる。

「姫様! 私にお任せください。シキがいればどんなことだって……」

 言い切る前にシキに遮られる。

「駄目だ」

「……え?」

 耳を疑う。聞き間違いかと思ったのに、シキの表情は厳しいままだ。

「な、何でよ?」

 シキがそんなことを言うなんて、ありえない。

「危険だ」

 そう、一言だけ口にする。

「危なくなんか無いわよ。あなたがいれば……」

 シキがいれば、どんなことだってできる。たとえ戦場に行くことになっても、シキがいれば怖くなんか無い。

「……それでもだ。危険なのには変わりが無い」

 断固とした口調だ。それに、抑えてはいるようだが姫様を睨み付けている。姫様も、怯えたような表情を見せている。

「な、何でよ!? 私の力になってくれるって言ったじゃない!!」

 自分の耳に入る声が、まるで自分のものじゃないみたいに聞こえる。

「それでも……駄目だ」

「なんで、なんで!?」

 更に問い詰めるが、返事は無い。

「……いいわよ。あなたがいなくたって、何とかして見せるから……。出て行って! あなたの顔なんか見たくない!!」

 自分でも、何を言っているのか分からない。しかし、その言葉にシキが無言で部屋を出て行く。部屋から出るとき一瞬こちらに目を留めたが、すぐに出て行った。扉を閉める音が――やけに耳に響く。
 






 


 




 

 夜、普通ならば誰も訪れないような時間に扉がノックされた。

「……どなた?」

 後ろを振り返り、尋ねる。

「……私、です」

 ややあって返事が返ってくる。この声はルイズだ。……ただ、いつものような明るさはなく、まるで別人だ。

「……入りなさい」

 入ってくるようにと促す。

「……失礼します」

 ゆっくりと扉を開き、入ってくる。しかし、その動作にも力がない。そして、その表情にも。

「どうしたの?」

 さっきまでずっと泣いていたんだろう、ルイズの目は赤くはれ上がっている。暗く、いつものルイズならありえない表情とあいまって、痛々しいぐらいだ。しばらく俯いていたが、顔を上げ、ゆっくりと口を開く。

「実は――」

















 話すうちに疲れてしまったんだろう、今日は私のベッドで寝るようにと促し、ベッドに横にさせる。最初は遠慮していたが、よほど疲れていたのか、すぐに寝息を立て始める。

「――ということみたいですよ。それで、どうしますか?」

 そうベランダの方へと問いかける。ルイズが寝ているというのは分かっていたんだろう、すぐに窓を開き、中へと入ってくる。

「もちろん、ついては行く。……心配だからな」

 やはり心配だったんだろう。予め、ルイズが相談に来るはずだと言いに来たぐらいだから。

「でも、どうして駄目だと言ったんですか? 確かに危険でしょうが、あなたがいれば心配はないでしょう?」

 そこが分からない。今の返事からすれば、ルイズを守るということに異存はないようだ。となると、なぜそこまで行かせたくなかったというのが分からない。その疑問に、ゆっくりとだが答える。

「ルイズのことは、分かっている。姫と友人だというのも、本当のことだろう」

「だったら……」

「だからこそ、だ。無意識にだろうと、元からルイズに行かせるつもりだったんだろう。俺がいると知っているのならともかく、それを知らなかったのに、だ。友人だと言いながら、命の危険のあるものに利用する気だったんだ。ルイズは深くは考えていなかったようだが、そのことにはすぐに気づくだろう」

 深く、実感のこもった言葉だ。そうして小さく「信じていた相手に裏切られるのは……つらい」と。背を向け、痛そうに俯いている。どこか、打ち捨てられた動物のように寂しげに。どうしてそう思ったのかは、分からない。

「…………」

 その側へ、ゆっくりとだが近づく。

 何があったかなんて、そんなことは聞けない。でも、後ろからそっと抱きとめる。なんとなく、そうしたいと思った。

「……あなたはルイズを裏切ったりはしないんでしょう? ルイズは、まだ子供です。だったら周りが何とかしてあげないと」

「……ああ、そう、だな」









 彼が部屋から出て行った後、ベッドにいるルイズの側へ近づき、指で髪を梳く。

「――うらやましいわね。あんなにあなたのことを思ってくれる人がいるなんて。……嫉妬しちゃうわ」

 指をルイズの頬へと滑らせ、軽くつねる。少しだけ身じろぎするが、起きる気配はない。

「……私も、負けてなんかいられないわね」

 誰にともなく、一人呟く。

「あなたは本当に幸せね。私の――ううん、私達の小さなお姫様」

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