混沌の使い魔 第13話 Hidden Feelings

「――主様」

 ティターニアがゆっくりと歩みを進める。

「それでは、約束通り……」

 魅惑的で、引き込まれるような妖しい笑みを浮かべながら。艶めかしい、紅い瞳と唇が女を感じさせる。







「――確かに、あの船ならば皆で乗ったとしても十分な余裕がある」

 ポツリと、一人が口を開く。皆が思ってはいても、口に出さなかった言葉だ。もちろんその言葉に噛み付く者がいる。

「何を弱気なことを!! 我らが取るべき道は一つ。あの無法者達に我らの意地を見せねばならん!」

 ダン、とテーブルに拳を叩きつける。

 あの船に、ようやく我らの元へと戻ってきた船に勇気付けられたのだろう。昨日までとはまるで覇気が違う。そして、それは一人ではなかったようだ。

「その通り! ――そうだ。あの船を戦に投入すべきであろう。我らの意地を見せるのにあれほど相応しいものはない」

 その通りだと共鳴する者達が一人、また一人と出てくる。

 確かに、あの船があれば……。あれほど相応しいものはなく、勝つことはできずとも、満足な結果を上げることができるだろう。皆それに惹かれるものがあるのか、徐々に賛成の声が大きくなっていく。

 だが、それでいいのだろうか? 小さな、そのチリチリとしたわずかな疑問が私を戸惑わせる。

 扉が開く音が響いた。 

 皆がその考えに流れようとした時で、その音の元へと一斉に視線が集まる。 

 その視線に耐えかねたのか、入ってきた少女は一瞬たじろいだような様子を見せるが、すぐに表情を引き締める。あの時の、空賊相手に啖呵を切った時のように。

「――ご無礼を承知で申し上げます。どうかトリステインへと亡命なさって下さい。生きていればチャンスは……」

 まるで子供がするように、小さな体を精一杯動かし、声を張り上げる。必死に説得しようとするも、やはり遮る声がある。

「……お主のような小娘に何が分かる!! そのような生き恥をさらすような真似ができるとでも!? 第一、トリステインは我らを見捨てたのだ! 援軍さえあればこのようなことにはならなかったかも知れぬのだぞ!?」

 まるで糾弾するような苛烈な言葉を叩きつける。本人にその意図はないのであろうが、子供に対してとは思えぬほどの苛立ち混じりの言葉だ。少女の影にトリステインでも見ているのか。もちろん、その言葉に理などない。矜持がどうとか言うのであれば、そもそも他国の助けがなかったことを攻めるなどということは……。

 だが、それは本心の一片だ。もしかしたらこのようなことには、と。私とて、全てを否定することはできない。

 誰もこのような結末など、本心から望んでいるものではなかった。皆も多かれ少なかれ同じ気持なのだろう。だから、咎める者がいないのかもしれない。

 ある意味ではまっすぐな、やり場のない気持ちをぶつけられた少女は、口ごもる。何かを言おうと口を開くも、言葉が形にならない。それも仕方がない。この場に少女の味方となる者が一人もいないとなれば。皆に責められているのと同じなのだから。

 やがて場が静まり返る。その言葉を言った者も、他の者も、皆が言葉をなくす。少なからず分かっているのだ。この少女を責めることなど八つ当たりもいい所だと。私は――何を言うべきだろう?

 様々なことが頭をよぎる。戦うこと、逃げること、様々な可能性が。どちらにも、理はある。

 例えば、王家の責任を果たし、少しでも後に続く者に道を示すこと。だが、王家の責任を果たすというのなら、今は恥をしのび、戦い続けることもまた。あの男が言ったとおり、生きてさえいれば……、いや、生きていればこそだ。

 それは、ある意味ではもっと勇気がいることでもある。恥に耐え、それでも戦い続けること。前者の方が華々しく散ることはできるだろう。様々な考えが頭に浮かび、消えていく。

 そんな中、一人の少女の姿が脳裏をよぎる。私が愛した、たった一人の少女の姿が……。その者を思うのなら、とも思う。だが、それでも




 ――会いたい。


 

「……亡命……しようと思う」

 口から出たのはそんな言葉だった。

 ざわりと声が上がり、一斉に皆の視線が集まる。ほんの少しの間だけ目を閉じ、再び開く。

「――私達は民を守るために、少しでもやつらを挫くために、そう思っていた」

 再び皆が静まり返る。私がこれから話すことを聞き逃すまいと。

「だが、それが本当に民を救うことになるのだろうか? 本当に民のことを思うのならば、例え今は恥辱であろうとも、生き残り、勝利するべきだはないだろうか? そうでなければ、全土を統一などと掲げた者達。争いは全土へ広がるだろう。責任というのなら、我らは責任を持ってやつらに打ち勝たなければならない」

 一息に口にする。

「……それでも」

 ポツリと、ある者が下を見つめながら口にする。きっと、感情が認めないのだろう。しかし、力はない。この者とて死にたくはないはず。理解はできても、納得できないのであろう。


「――私は誓う」

 何かを言いたそうにしているのを遮り、再び口にする。

「必ずややつらに打ち勝ち、民を守ると。その為には、ここで死ぬわけにはいかない。皆には、恥に耐え、どうか一緒に戦って欲しい」

 言葉とともに皆を見渡す。一人一人をしっかりと見据えて。

「王子……」

 皆にはまだ、迷いがある。それは、私も同じだ。だが、間違っているとは思わない。間違いになど、するわけにはいかない。











「――夫がいるだろうに」

 ベッドの中、首筋にアラバスタのごとく透き通る白さの腕を絡ませてくる美女へと問いかける。しかし、相手はどこ吹く風といった様子だ。

「あら、最初に求めてきたのは主様ですわ。――それに、そんなことを言っても体は正直ですものね」

 組み敷かれる姿勢ながら、楽しそうに呟く。いつもとは違う、子供っぽさも含んだ声で。そうして、からませた腕を解き、右手をゆっくりと伸ばしてくる。

「――もちろん、私も」

 体をこちらへと投げ出したまま、もう一方の腕でこちらの手をとり、自分の方へと引き寄せる。









 扉が叩かれた。

「――いいだろうか」

 ノックがあり、あの王子の声が聞こえてくる。

「……氷付けにでもしてあげようかしら?」

 扉を見据え、冗談でもなんでもなく部屋の中の温度を下げながら、乾いた声で呟く。早くも凍ってしまったのか、部屋に置かれた水差しがキシリと音をたてる。

「頼むからやめてくれ……」

 













 ――とてつもなく嫌な予感がした。それに寒気もする。思わず身震いをしてしまう。体にははっきりと鳥肌も見える。だが、彼と話をしないわけにはいかない。

「……どうした?」

 少しだけ間をおいて、部屋の中から彼の声が聞こえてくる。

「話がしたい。いいだろうか?」

 気を取り直し、口にする。

「今は……出られない」

 困ったような声な声が返ってくる。もちろん困らせるなどというのは本意ではない。

「ならば一つだけ言わせて欲しい。私達は生き残って戦い続けることにした。――たとえそれが恥であろうともね。その選択ができたことも君のおかげだ。感謝している」

 これが最良の選択だったかどうかは分からない。だが、最良となるようにすればいいだけだ。

 それだけ言って後にする。それだけ伝えられればいいから。そして、それ以上そこにいると後悔しそうな気がしたから……。もう一度だけ、ぶるりと体を震わせる。









「――主様」

 赤い瞳がこちらを見据える。

 ちらりと半ばまでを凍りついた扉を見やり、すっかり不機嫌になってしまった女王様のご機嫌を取るため、再び抱きしめる。













 部屋を抜け出し、広々とした廊下を進んでいく。生憎と乗ったことはないが、おそらく頑強を重視しながらも装飾といった意味でも豪華客船に負けないだろう。何度か曲がり角を抜け、これまた船とは思えないほど重厚な扉を開く。中はこの船の中でも特に広いつくりになっているようで、見上げるほどに天井が高く、開放感がある。そして、中にいた者全ての視線が集まる。

「――シキさん。今までどちらに?」

 その中の一人であるエレオノールが尋ねてくる。この部屋でこれからのことでも話していたんだろう。あの城での会議で見かけた者達、そして学院の関係者達が集まっている。とりあえず、分かれてはいるようなので、後者の方へと向かう。


「――少し部屋で休んでいた。さすがに疲れたからな」

 本当のことなど言えるはずがない。もっともらしい言葉で濁す。それに、完全に嘘というわけではない。疲れているというのは本当だ。――もっとも、更に疲れたわけだが。

「さすがにあれだけのことをやってのければ――そうだろう」

 学院側のエレオノールと同様、中心を占めているワルドが口にする。何となく楽しそうな様子が少しだけ気にかかる。あの時から向けてくる視線が違う。何となくそんな様子をどこかで見たような気がする。だが、今は思い出せない。

「今はこれからのことについて話あっていました。王族の亡命ともなれば影響は大きいものになりますから。シキさんも――話だけは」

 エレオノールが横から、視線を落とし本当に申し訳無さそうに口にする。

 確かに、全くの無関係というわけにはいかない。選んだのは彼らだが、その結果は知っておく必要があるだろう。エレオノールが用意してくれた席へとつく。

「今までの話を伝えておきますね――」

 声を大にして話すべきものではないからだろう。耳元に口を寄せ、周りには聞こえないよう手を当て、話し出す。

 大まかに言ってしまえば大体二つになるようだ。すなわち、これからアルビオン王家はどうするか、そして、トリステイン王家にどういったことを求めるか。これは一種の取引であるから話は表面的なものにならざるを得ないが、続く話を含め、多少は分からなくもない。

 例えば王族の亡命。今まではどちらかといえば不干渉という形であったが、亡命に関しては受け入れられる、いや、受け入れざるを得ない。もちろん政治的には様々な問題があるが、血のつながりがあり、更にこの状況、受け入れないという選択はできないと思っていい。

 もちろん、亡命を受け入れれば貴族派との争いは避けられなくだろう。だが、エレオノールの見立てでは遅かれ早かれ何らかの諍いは避けられなかった。ならば手を組むという形は悪くはない。貴族のみが魔法を使えるというこの世界、純粋に戦力としても、もしくは大義を立たせるという意味にしても。直接的にではないが、味方をするということで貸しを作るというのも悪い選択ではないだろう。

 その後、ある程度の話を聞いたところで席を立つ。これ以上関わるということは考えていないこと、そして――









「――もう、待ちくたびれましたわ」

 ベッドに腰掛け、拗ねたように口を尖らせる。

「――今夜は寝かせませんから、覚悟してくださいませ」

 ほんの少しだけ嗜虐心を覗かせる。真紅の瞳と濡れた唇がやけに艶めかしい。

 














 窓からは光が差し込んでいる。そこから外を覗けば、遠くに見覚えのある景色が見える。壁に囲まれた町があり、その中心に城がある。普通に歩いていた時とは違い、空からなのではっきりと全貌が確認できる。ここまではっきりと見えるということは、もうすぐ到着するということだろう。

「――シキさん、何だか昨日よりも疲れていませんか?」

 エレオノールが不思議そうにこちらを見ている。しかし言う側の方が疲れているように見えなくもない。昨日はあの後もずっと話し合っていたんだろう。目にはうっすらとくまが見て取れる。とはいえ見た目には、というだけで、一つ一つの挙動はいつも通りしっかりとしている。この辺りはさすがといったところだろう。

「そうですね。でも、シキさんでもやっぱり疲れたりはするんですね」

 ロングビルも不思議そうに――少しだけ楽しそうに――相槌を打つ。

「んー、何だか一晩中愛し合った次の日みたいね」

 唇に指を当て、キュルケがなかなか鋭いことを言う。――大正解だ。実にいい勘をしている。いや、この場合は経験の賜物だろうか?

「……あんたの男と一緒にしないでよ」

「……あまりそういう冗談を言うのは感心しませんね」

 ルイズとエレオノールが口を尖らせ、不機嫌そうに反論する。

「まあ、そういう人じゃないですしね」

「確かに……そうですよね」

 ロングビルもそれに同意し、キュルケも認める。

 ――なんだか、複雑だな。そういう風に見てくれているというのは悪くはないが、妙に裏切った気分になる。続く会話を聞きながら、つい顔を背けてしまう。









 甲板に出てみると、兵が船を囲み、遠巻きにだが、更に一般の人々が囲んでいるのが良く分かる。普通のサイズの船だったならば城に直接下りることができたらしいが、この船は大きすぎてそれができなかったようだ。そういうわけで、今は城の外の、町からも出た場所に停船している。

 おかげで船の周りは騒がしい。いきなりのことで状況が掴みきれていないんだろう。エレオノールによると、アルビオン王家の人間であることはすぐに確認できたが、政治的に色々と厄介なことがあるらしい。このままにという方がよっぽどまずい気がしなくもないが、まあ、そういうものなんだろう。

 そんな話の中、視界の中にユニコーンに引かれた馬車が入ってくる。エレオノールがそっと耳打ちするが、どうやら王族らしい。王族を迎えるのは王族ということか。この辺りも難しい部分か。

 嬉しいような悲しいような、複雑な様子でそれを見ながら、王子からこちらへと顔を向ける。

「――面倒をかけるが、もうしばらくだけ付き合って欲しい。どうしても私達だけでというわけにはいかない。もちろん、できるだけ迷惑をかけないようにはするが……」

 王子が恐縮しながら口にする。一国の王子がここまでというのは普通は考えられないと思うのだが。

「……これも責任のうちだ。かまわない」

 俺にはこういう言い方しかできない。つくづく不器用だと実感する。思ったことをそのまま伝えられるルイズのような人間が本当にうらやましい。










「――無事を喜ぶのもいいでしょう。ですが、良いことばかりとはかぎりませんぞ」

 馬車の中、傍らのマザリーニが口にする。いつも以上に厳しい表情だ。

「……分かっています」

 表情を引き締め、答える。私だって何も知らないわけではない。マザリーニが心配していることも分かる。これから大変なことが起きるということも。

 ――でも、それよりも、何もよりも、嬉しい。またあの人と一緒に――不謹慎だが、問題が解決しない間は一緒にいられるのだから。














 城の一室では会談がもたれることになった。もちろん全員がというわけではない。王族を始めとする重鎮達と、関係者ということでエレオノールが。学院からの者で残っているのはエレオノールだけだ。

 これ以上迷惑はかけられないという王子のたっての希望と、身元がしっかりしているということから他の者は戻ることが許された。もちろん代表者――この場合はエレオノール――が残るということが前提だが。








「――お姉さまは大丈夫かな? 昨日も夜通しだったし、疲れていると思うんだけれど……」

 ルイズが心配そうに口にする。だが、昨日はルイズも一緒だったはずだ。その証拠にルイズにもエレオノールと同じように、うっすらとくまが見て取れる。

「そうだな。だが、寝ていないのはルイズも一緒だろう? くまができているというのは一緒だからな。今のうちぐらいはゆっくりしても罰は当たらないんじゃないのか?」

 ルイズの頭に手をのせ、諭すように口にする。

「うん……」

 視線を上げ、小さく頷く。そういえば、王子達を説得したのはルイズという話だったか。俺の肩口ほどという小さな体で、本当に大きなことをやってのけたものだ。
















「――さすがに、疲れるわね」

 口からはため息がもれる。今はと言えば一旦学院に戻っているのだが、別に全ての話に区切りがついたわけではない。ただ単純に、学院にも話を通す必要があるからというだけだ。それが終わればまた城に戻らなければならない。

 今回の件に関しては学院の生徒が関わっている。もちろん、今に関しては私もその中に入っているようなものだ。加えて、亡命者の数というものがある。さすがにあれだけの大所帯、城で全てをというわけにはいかない。有力な貴族のもとにと最終的には落ち着くのだろうが、それにもそれなりに準備というのものが必要になる。そこで学院に白羽の矢がたった。――まあ、推薦したのは私だが。

 とにかく、そんなわけで学院に戻ってきている。これから学院長に話を通す必要があるのだが、その前にやらなければならないことがある。

 視線を落とし、懐に手をやる。コツと硬いものが手に触れる。ユニコーンの、唯一残った角だ。ごたごた続きで忘れていたけれど、これはシキさんに返すべきだろう。その方が、きっといいはずだから。









 ルイズの部屋の前に立ち、ノックする。

 一呼吸、二呼吸……、待ってみるも返事はない。軽くノブ捻ってみるが、ガチリと音が鳴るだけで鍵がかかっていることが分かる。どこに行ったのかしら? そんなことを考えている間に、ガチリと扉が開く。残念ながらルイズの部屋のではなく、後ろの扉だったが。誰かと振り返る前に声をかけられる。

「――あら、ミス・エレオノール。もう話は済みましたの?」

 特徴的な赤毛を揺らしながら首をかしげ、口にする。相変わらず、嫌味なまでに胸元が開いた服を着ている。つい自分の視線もそこへと向いてしまうのが何となく癪に触る。だが、今はそんなことはいい。……少しは気にするけれど。

「それはまだ。今は学院の方にも用事があるだけです。それと、シキさんに用事があって」

 それだけ聞くと、少しだけ考えるような仕草を見せる。たまに思うのだが、仕草が何となく芝居がかっているように見えなくもない。そして、それが実に様になっていると。

「シキならルイズと一緒に外に出て行ったみたいですけれど? たぶん、近くにはいると思いますが」

 軽く礼を言って外へと向かう。あまり時間があるわけでもないから。











 廊下を進み、一旦宿舎から出る。さすがに学院の外までということはないだろうから、たぶん学院の中ではあるはずだ。二人がいそうな場所を探すことにする。ルイズの髪は目立つし、シキさんも同様だ。いればすぐに分かるだろう。心持ち、足早に進んでいく。

 テラスの前、念のため中の方も覗いてみる。残念ながらいなかったが。足を止めずに進んでいく。たまにいる生徒からの挨拶へ返しながら。そのまま建物沿いに歩みを進めるが、なかなか目的の相手は見つからない。

 そのうち生徒もほとんどいない所にまで来てしまった。ここで会えなかったなら一旦諦めよう。そう思った所でようやく見つけた。手を上げ、声をかけようとして――やめた。

 二人は学院の中でも特に静かな所にいた。

 この学院は基本的には芝生が植えてある。しかし、ここは違う。あえてそのままにしてある。全く手入れをしていないというわけではないが、自然に任せている。まばらに木もあり、夏はちょうどいい日陰ができる。少し離れた場所は林で、そこから吹いてくる風は木の臭いがして落ち着く場所だ。私も、好きだった。きっと、ルイズも好きなんだろう。そんな場所に、二人が寝ている。

 シキさんがとある木の一本に寄りかかり、首もとの角がささらないように器用に寝ている。そして投げ出した足の片方に抱きつくように、ルイズが猫のように丸くなって寝ている。うまく仲直りできたということだろう。姉として素直に嬉しい。

 そんな二人を見て、少しだけ迷ったけれど、足音を立てないようにゆっくりと近づく。手を伸ばせば届くぐらいに。

「――幸せそうに寝ているわね」

 ルイズの寝顔を見て、素直にそう思う。自分を隠さずに甘えられる、うらやましい限りだ。ルイズも私と同じで、そんな風に甘えるなんてことはしないと思っていたけれど。何となく、ルイズの側に腰を下ろして、頬をつんと突いてみる。くすぐったそうに身じろぎする。そのまま手で顔をかく仕草なんかは、本当に猫みたいだ。素直に、可愛らしいと思う。

 そして、そのままシキさんの方へと視線を移す。さっきからほとんど身じろぎするということがない。朝の様子からすると、よっぽど疲れていたんだろう。どうやって足止めしたかはしらないけれど、聞いた限りは天変地異レベルのことをやってのけたという話だし、仕方がないのかもしれない。

 ――今ルイズと一緒に寝ている様子を見る限り、穏やかでそんな風にはとても見えないけれど。普段の様子なんかを思い出して、つい、くすりと笑みが漏れる。

 そういえば、とふと思う。今の様子は、ルイズとは本当に仲の良い兄妹みたいだ。そうすると、私とシキさんだったらどういう風に見えるんだろう? そんな考えが頭に浮かぶ。

 シキさんの顔をじっと見てみる。珍しい顔立ちで、年齢的なものはよく分からない。10代といえばそういう風にも見えるし、落ち着いているし、もっと上でもおかしくないような気もする。本当に、見れば見るほど分からなくなる。

 思えば、本当にこの人のことは知らないんだと実感する。そして、それを知りたいと思う自分がいるということも。

 ――今までこんなことはなかったんだけれど。こういうのが……好きっていうことなのかな? 今まではそんなことがなかったから、よく分からない。

 また、じっと顔を見つめる。ルイズだったら兄妹だけれど、私とシキさんだったら、もしかしたら恋人同士に同士に見えるのかな? 見ていると、そんなことが頭に浮かぶ。何度もシキさんを見て、何度も気恥ずかしさから目を逸らす。
 
 そんなこと何度も繰り返して、また王宮に行かなければいけないと思い出して立ち上がる。何となく周りを見渡してみると、近くには私と、シキさんと、ルイズを除いて誰もいない。当然だ。普段ここには誰も来ないから、ここはこんなに静かな場所なんだから。

 もう一度、辺りを見渡す。やはり誰も近くにはいない。ゆっくりとシキさんに近づき、腰を落とし、頬に口付ける。

 少しだけ頬に触れた後、ゆっくりと離れる。それでも、シキさんは眠ったままだ。少しだけ、残念な気もする。

 なんとなくそのままシキさんの顔を見ていて、みるみる自分の顔が熱を持っていくのが分かる。今までの人生の中で、一番赤くなっているかもしれない。今更ながら、ものすごく気恥ずかしい。寝ている相手に、しかも、妹が傍にいる場所で。

「……そ、そろそろ戻らないと」

 誰かに言い訳するようにとくるりと背を向け、小走りに歩き出す。そんなことはないと思うけれど、手と足が同時に出ているかもしれない。とにかく、それくらい動きがぎこちなくなっている。













「――起きるタイミングを逃したな」

 ルイズの髪を撫でながら、空を見上げる。くすぐったそうに身じろぎするルイズがやけに平和に感じる。



















 それからしばらくして、いくつかの噂が広がった。

 例えば、突然のアルビオンの艦隊の戦線離脱に関して。その理由が、見たこともないほどの強力な魔法を使う翼人が艦隊を焼き払ったという噂だ。

 その中には、他にもおかしなものがある。

「――妖精を見た」

 伝説にのみ詠われる妖精を、その場で見たという。確かにその背に妖精の羽があったという。そして何より、美しかったと。

 どちらも眉唾物もいい所だ。翼人は先住魔法の使い手ではあるが、エルフではあるまいし、……いや、そんなことができるとしたら、はっきりとエルフ以上の化け物もいい所だ。妖精にしても、森ならばとも思うが、よりにもよって戦場でなどと。なんともアンバランスだ。

 どちらも、取るに足らないような話だ。まあ酒の肴にはなる、その程度の話だ。だが、そんな話もある男にはきちんと届いている。その男がいるのは、この大陸でもっとも強国であるガリア。そして、その男というのが無能であるとあざけりさえ受ける王、ジョセフ。

 だが、事実は、正反対だ。これ以上なく優秀であり、それが問題でもある。いっそのこと、本当に無能であったほうが良かっただろう。最愛の者を自らの手で殺めて以来、すっかり心が歪んでしまったこの者に関しては。

 その王が、誰にともなく呟く。

「――何か、想定外のものがあったのは間違いないか」

 噂に関して、完全に信じるでもなく、さりとて、笑い飛ばすでもなく。ただ情報として冷静に受け止める。だが、考えた後、かすかに唇を歪める。

「――予定通り過ぎて、少々飽きてきたところだ」

 傍にいるものだけがかすかに聞こえるような声で、呟く。そして、その響きには本当に彼のことを知るものならば分かる程度に喜びがある。

「――しかし、亜人か。ふむ……。まあ、それも面白いかもしれんな」
 
 それだけ言うと、再び考え込む。










 そして、最強の国に唯一対抗できるであろう教皇庁。表立った権力などはなくとも、古来より宗教は力を持つ。心のよりどころとしてはもちろんのこと、それ以外に関しても。

 そんな存在だ。当然の如く、組織としても暗部を持つ。諜報、果ては暗殺まで。そこでは様々なことを行っている。組織が大きくなれば自然とそうなるものだ。

 もちろん、そう後ろ暗いことばかりをやっているわけでもない。たとえば、ガンダールブの槍の回収。ブリミルの使い魔であるガンダールブ。そして、その武器である槍。これを収集することは教皇庁としては重要なことだ。
 
 ――目的はどうあれ。

 そして、その槍というのは当然武器だ。それもただの武器ではない。そういったものが発達した世界から、扱える中で最強のものが召喚されてくるのだ。そのゲートとでも呼ぶべき場所が聖地にあり、そこを通って様々な武器が現れる。中には武器でないものも通ってきてしまうことがあるのだが。

 何にせよ、召喚されたものは自然に手元に来るわけではない。となれば、回収しなければならない。そういったことが秘密裏に行われている。ずっとずっと昔から連綿と続いている。しかし、最近になって問題が起こってきた。

「――どういうことだ? 聖域が危険だということは分かっている。だが、最近の生還率は異常だ。ゼロなどということはいくらなんでもありえん」

 ダン、と机を叩く。回収の責任者である男が息を荒げ、口にする。周りにいる部下もその通りだとは思っているが、結果は変わらない。

 ガンダールブの槍は、武器が発達した世界から召喚される。すなわち――地球から。

 だが、その世界は。すでに滅び、まったく別のものへと変わり果てている。
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